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ミュシャ展で「スラヴ叙事詩」を見て戸惑う

新国立美術館で2017年6月5日まで開催している「ミュシャ展」に行ってきた。見どころはミュシャ晩年の超大作「スラヴ叙事詩」全20枚揃っての初の海外展示ということで、これは万難を排して見に行かねば! と。


※これは撮影可エリアの写真

公式サイトからスマホ用のオンラインチケットを購入でき、入場時にご丁寧に半券(物理チケット)をいただけるので、おすすめ。

▼公式サイト
ミュシャ展

万難を排して見に行き、その壮大さに圧倒されてきたのだけど、一方でなんかこうモヤッとしたものもあったので、記録として書いておく。

入ってしょっぱなにスラヴ叙事詩、そのあとでお馴染みの(「ジスモンダ」などの)作品という構成はどうなんだろう? 正直、久しぶりの美術展でいきなりバカでかい絵を見て、その後普通のサイズの絵という感じになったので、なんというかサイズ感が狂うというか、順番的には反対の方がもっとおいしくいただけたじゃない? みたいな感じがある。会場のレイアウトの都合上しかたないんだとは思うけど。

現代の日本で暮らしていると「スラヴ叙事詩インスパイア系」の絵に大量に触れることになり、どうもオリジナルを前にして「どっかで見たな…」という感じがしてしまう。こういう話はTwitterでも目にしていて、それは後世の絵描きが画法をブラッシュアップして取り入れているからだろうけど失礼な話だなあ…と思っていたのだけど、実際見てみると確かにそんな感想が出てくるのを止められなかった。個人的な印象としては、群像を描いた絵などは「コーエーのゲームのパッケージっぽい」という印象がものすごかった。

アール・ヌーヴォー調の絵の中でミュシャの作品には他者には真似しがたい品のよさや精緻さを感じるが、スラブ叙事詩の油彩画からは、あんまりそういうものを感じなかった、ということがあるかもしれない。

何か今の自分にない鑑賞のポイントを発見したら、もう一度行ってみたい。

ところで巨大な「スラブ叙事詩」は巻いた状態で運ばれてきたのだとか。公式Twitterより。

ミュシャ展の公式サイトでは、作品を展示する作業の動画も公開されいる。


「けものフレンズ」を見てたので感想を書く

ある日突然「けものフレンズ」がどえらく話題になり、人類滅亡後の世界なんじゃないかとかいろいろ不穏で面白げな噂も聞こえてきたので、見た。

正直なところ、第1話を見て今時のアニメーションとしてはクオリティ低すぎでは? と思った。が、知人がこのアニメはすべて3Dモデルであり、同じプロダクションの作品の中で質は順調に上がっているのだと教えてくれ、なるほどそれで見慣れない動きなのかと納得して、映像についてマイナス評価するのをやめた。

全体としてジャパリパークは極めて純度の高い理想の世界であるが、視聴者視点では何かあっらたすぐ壊れてしまいそうな危うさをビンビン感じる。そもそもフレンズから見えない範囲の設定に不穏な感じがあるし、繁殖や寿命について考えだしたら、かばんちゃんがより長くジャパリパークでフレンズと関わり、なんとなく指導的な立場に立つようになったら…などなどと世界のバランスを崩す要因もいろいろと思いつく。そんな世界を、やさしく見守るアニメでもあるのかなと思った。

言い換えると、映像のクオリティを含めて作品の世界観が視聴者の鑑賞態度を既定していた部分もあった気がする。相当に重いであろうジャパリバスを持って跳躍したり、何となくバッテリーの仕組みを皆が理解していたりとちょいちょい「どういう設定なんだ??」と思ったところはあったが、そういうところに無粋な突っ込みをするのでなく、謎めいた理想の世界が営みを続ける奇跡を見守りたいという気分であった。そして作品世界は期待どおりの謎めいた理想の世界であり続けた。

結果として、視聴者がやさしい気持ちになり癒される、そして、相手をプラス評価する習慣が身につく、みたいなことになっているのではないか。後者は期待を込めて言ってみただけだが。


日本でいちばん面積の小さい都道府県は大阪府じゃなくて香川県

日本でいちばん狭い都道府県は香川県だということを、つい先日知った。

息子に買ってあげた本を何の気なしに読んでいたら、ヒントに「オリーブで有名」とか書かれていて、えっ大阪ってオリーブよりはたこ焼きでしょ? とか混乱した。しかし香川なら香川で、うどんでしょ?

私が地理トリビアみたいな本を読み漁っていたころは大阪府だったはずだが、どうも1988年から香川県ということになっていたらしい。なんと30年近く知らなかったのか! と、知識をアップデートしないことの恐ろしさを思い知ったのだった。

面積が逆転した理由については、こちらが詳しい(東京書籍の「東書KIDS」内)。

この結果,井島の香川県側と岡山県側の境界が不確定の ままであることが判明し,香川県の行政面積からこの井島を含む香川郡直島町の面積14.2km2を削 除(さくじょ)することとなったのです。
香川県

中途半端に引用したが、岡山県と香川県のそれぞれに属する自治体のある「井島」という島があり、漁業権の問題などから互いが主張する境界が食い違っている。面積を計算する基準の地図の精度を上げたときにこの自治体の面積を加えるのをやめたら、香川県の方が面積が小さくなっちゃった、ということらしい。これがなくても関西国際空港による埋め立てで大阪が逆転したという話もある。

まあしかし、両府県とも非常にキャラが立っているし、「最小」かどうかなんて、ネガティブにもポジティブにもどうでもよさそうではある。仮に大阪や香川の人と話すことになっても、まず面積の話はしないだろうし。

1988年当時「鎌倉幕府成立の年が変わりました」ぐらいのニュースになったのかどうかもまったく記憶にないが、とにもかくにも、息子にしたり顔で間違った知識を伝えてしまうという失態をかます前に気付けたのは、まあよかったということにしたい。学研さんありがとうございます。


「甘々と稲妻」。またはSNS時代の「安らげるもの」について

いやー、もー、これはすごい。簡単に言えば「みんなでごはん作って食べる」だけのマンガが、こんなに心に刺さるものだとは。

甘々と稲妻(1)

「みんなでごはんを作って食べる」という、あるところには当たり前にある営みができないでいた人たちが、切実に欲して、集まって、ようやく手に入れたそれを大切に大切に味わう、という様子がただただ愛おしい。それだけで泣ける。

「君の名は。」でも似たようなことを感じたんだけど、「甘々と稲妻」を読んだら言語化できる気がしてきた。

結果的に完全なる善で、観客や読者が安心して心を寄せられる登場人物たち、互いを常に無条件に信頼していられる関係というのは、今の時代の人たちが最も求めているものなんじゃないかな。

SNS時代の私たちは、人とのつながりを常に求め(求めさせられ)ながら、一方で常にコミュニケーションに不安を感じてもいる。対話のすれ違いに傷ついたり気を揉んだり、無言の時間にすら意味を見出して凹んだり、時には「炎上」したり。私たちはまあ言ってみれば、常に関係を求めると同時に関係を恐れている。

そんな中で、「ライナスのブランケット」にように無条件で安らぎを得られる物、に代わってキャラクター間の関係というのは、今を生きる人たちにとって最高の憧れの対象なのかもしれない。


上白石萌音「chouchou」に圧倒される

「君の名は。」で三葉役を演じた方である。デビュー作から歌唱力の評価が高く、RADWIMPSの曲をカバーするという話は何となく見ていたのだが、「ミュージックステーション」で歌を聴いて衝撃を受けた。すごい。

で、AmazonでCDを探したらAmazonプライムミュージックに入っていたので、さっそく聴いた。

Apple Musicでも聴ける。あらゆる定額配信サービスに入っているのかもしれない。

何といえばいいんでしょうか。「君の名は。」の印象を引きずっている部分もあるかもしれないけど、けれん味がなく、とても素直で、技術も確か。安心して引き込まれていける、という感じがある。


映画「君の名は。」感想

「君の名は。」を観た。この夏は話題作が目白押しな中で観たのはポケモン映画だけです、というのも勿体ないというか人として問題があるんじゃないかとも思えてきて、しかし最寄りの映画館でやっている「シン・ゴジラ」は時間が合わず、では「君の名は。」にしましょう、ということで行った。

と書くと消極的選択の果てみたいだが、Webにあふれる新海誠監督評はときどき斜め読みしていて、ものすごくハマるか全然合わないかのどちらかのように思えてちょっと怖かった、というところもある。新海監督の映画はこれまで観たことはなく、「君の名は。」が初めてとなった。

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とてもよかった。合う合わないとかの個人の好みのレベルでなく、多くの人の心を打つ普遍的な強さを持った映画だと思う。

「世界は美しい」そして「人生は生きるに値するものだ」と、誰の言葉だか忘れたけど、そんな感想だけが残ってあんまり細々と語る気にもなれず、「すごかった」ぐらいしか出ない。一緒に観に行った妻は「先が読めな過ぎて胃が痛くなった。楽しかった」と言っていた。

何でしょうね。こんなに「いい」以外の感覚がないエンターテインメント作品に出会ったのはものすごく久しぶりな気がする。とりあえずパンフレットは買ったし、RADWIMPSのアルバムも買ったし、そのうち小説版も買うでしょう。もっといいスクリーンと音響の場所で観たいという気持ちもある。

雑に書いてしまうけども、本作の映像の「美」しさは改めて語るまでもないというか「新海誠監督作品」というのは「そこはとりあえず絶対保証します」ということなんだと思っている。そのうえで主人公たちの「善」性が気持ちいい。これといって特別な描かれ方をしているわけではない、等身大の若者たちでいながら、まっすぐにそれぞれの信じる「善」を為そうとしていることが、気持ちよく作品を見られた理由の1つなのかなと感じた。

「真善美」のもうひとつ「真」においては、設定された事実の複雑さ、難解さと、それに翻弄されながも、最初から最後まで「真」を解き明かし、最良の結果を目指そうとする主人公たちの姿勢に圧倒される。「強い」という印象は、そうしたところから来ているのかなと思った。

ところで、RADWIMPSというバンドをこれまで知らなくて、しかし「どこかで聴いた感じ」がものすごくあることに、ちょっと戸惑っている。


「からかい上手の高木さん」。ちょっと濃かった

田舎の風景、少年少女、「からかい」上手と…。これは私にジャストミートに違いないと思って買った。

ちょっと高木さんの「からかい」が濃すぎというか執拗というか…な感じで、どうなんだと思わないこともないが、そのぶん西片くんが果てしなくピュアで健気でいい奴なので、むしろ西片萌えだった。でもネタ的に、わが家の本棚に並べるのは2年ぐらい後としたい。

高木さんが「からかい上手」なのは、西片くんが天然の「からかわれ上手」だからなんだろうなあ、きっと。

著者である山本崇一朗氏のほかの作品「あしたは土曜日」「ふだつきのキョーコちゃん」も同じ舞台なんだそうで、こんど買ってみよう。



超重量級の犯罪小説。宮部みゆき「模倣犯」感想

何となく宮部みゆきの有名な未読作品を読みたくなって手にとった。いやはや、おそろしく重厚な作品だった。物理的にもそうだし(文庫版は全5巻。電子書籍版なし)、内容の面でもクソ重い。

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テーマの1つとして「ある日突然犯罪によって破壊される日常」といったものがあり、演出として破壊される直前までの登場人物の生い立ちや日々の暮らしなどを丁寧に描写している。物理的な重厚さの理由には、この仔細な描写によるところも大いにある。

連続殺人事件を扱った小説である、という点ではミステリー小説のようであるが、犯人自体は早々に明らかにされる。3部構成の第2部以降は、犯罪者と周辺の登場人物たち、そして警察の動きを追いながら、非常に特殊な犯人と、被害者と、警察とあとジャーナリスト(?)との対決を描いていく。後半では、犯人に振り回されながら徐々に真実の欠片を掴んでいく描写が分厚い。

重厚なわりに、最後のカタルシスがうすい小説だ。それが悪いとも一概には言えないと思うものの、長い小説を読み終えた最後に、疲れ(と出費)に見合う何かこうパッとしたものが欲しかったなあ娯楽小説ならば、というのが読後の正直な感想で、まあある意味パッとしているといえばいるのかもしれないが、でもなあ、そういえば前に自分内で宮部みゆきブームが終了したときもこんな感覚だったなあ、と思い出した。

何というか、ちょっと味気ない感じがする。巧すぎて、旨みがちょっと足りない、みたいな。
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2016年の十戒

2015年は非常に迷って悩んでそして病んだ年だった。「2015年は」と限った話でもないが。

年頭に目標やら抱負やらを決めるかわりに、今年は「やらないこと」「やってはいけないこと」を決めて、せいぜい2015年までの後悔を繰り返さないようにしたい。

以下、随時増やして、10個を超えたときには多すぎてもしょうがないので入れ替えていく。

  1. Twitterでいいことを言おうとしてはいけない
  2. ファミレスでカレー、オムライス、パスタ以外を注文してはいけない
  3. 24時以降に仕事をしてはいけない
  4. 面倒くさい交渉事を小細工で回避しようとしてはいけない
  5. 掃除にかける時間を惜しんではいけない
  6. イスに座ってアイデア出しをしてはいけない
  7. 元気の出ないときにまっすぐ頑張ってはいけない
  8. ファミマでセルフサービスのアイスコーヒーを買わない

2016年はゲームをしよう

2016年の抱負めいたものは特にないが、今年は躊躇なくゲームをしようと思う。新しいテクノロジーやコミュニケーションの形は、ゲームの近くにありそうだ。

それに私は以前からゲームが(簡単に言って)好きなのだ。考えてみれば、これまでだって新しい発見やアイデアは、いつもゲームの近くにあった。

このタイミングでこんな話を書いていながらもOculus Riftを買うつもりはないし、期待している「ポケモンGO」も続報がなくいつ出るのやら……という感じだが、とにもかくにも、何か目新しいゲームをしよう。