「甘々と稲妻」。またはSNS時代の「安らげるもの」について

いやー、もー、これはすごい。簡単に言えば「みんなでごはん作って食べる」だけのマンガが、こんなに心に刺さるものだとは。

甘々と稲妻(1)

「みんなでごはんを作って食べる」という、あるところには当たり前にある営みができないでいた人たちが、切実に欲して、集まって、ようやく手に入れたそれを大切に大切に味わう、という様子がただただ愛おしい。それだけで泣ける。

「君の名は。」でも似たようなことを感じたんだけど、「甘々と稲妻」を読んだら言語化できる気がしてきた。

結果的に完全なる善で、観客や読者が安心して心を寄せられる登場人物たち、互いを常に無条件に信頼していられる関係というのは、今の時代の人たちが最も求めているものなんじゃないかな。

SNS時代の私たちは、人とのつながりを常に求め(求めさせられ)ながら、一方で常にコミュニケーションに不安を感じてもいる。対話のすれ違いに傷ついたり気を揉んだり、無言の時間にすら意味を見出して凹んだり、時には「炎上」したり。私たちはまあ言ってみれば、常に関係を求めると同時に関係を恐れている。

そんな中で、「ライナスのブランケット」にように無条件で安らぎを得られる物、に代わってキャラクター間の関係というのは、今を生きる人たちにとって最高の憧れの対象なのかもしれない。