人工知能のコンテンツとコンテクスト

私たちはコンテンツとコンテクストを同時に消費している。たいていのモノの評価は、そのモノ自身だけでなく周辺の情報と総合した結果として下される。

いわゆる「ラーメン屋の客は情報を食ってる」というのも一例であり、飲食店の評価は、店について語られるエピソードや他人のレビューや店内の接客態度にも左右される。佐村河内守の音楽などもわかりやすい例だ。アイドルがさまざまな企画でエピソードを増やし、広めようとするのは、もはやそれ込みでコンテンツか。

人工知能が作った音楽を、人間が作った音楽と同様に鑑賞できるか? という話題がある。「人工知能が著名な音楽家のパターンを学習して作った曲です」と言われても音楽への純粋な欲求よりも好奇心が強く刺激されてしまい、コンテンツを純粋に楽しめる気がしない。

では、例えば小説を作る人工知能と組み合わせて、コンテクストと共に音楽がプロデュースされたらどんな感じになるのだろうか。「モルダウのほとりで半年間水や風の音を学習し、生まれた曲です」とかね。何なんだそれ。

人工知能はどのようにプロデュースされるか?

「人工知能が作った」でニュースになる時代が過ぎ、それでも人工知能がそれなりのコンテンツを作れるのだとしたら、その人工知能は架空の新人としてプロデュースされ、豊富なコンテクストと共に愛され、そしてどこかで華々しくネタバラシが行われたりするのではないだろうか。

むしろ今すでにそういうのが仕込まれているのではないか。よくわかんないけど。囲碁や将棋のAIは、すでにコンテクストをたっぷり背負ってると言えなくもないか。

クラシックの「誰々の○番」という絶対音楽は、題名は付けないので音楽を純粋に鑑賞してくれというものらしいので、人工知能が作曲するというのは一周回っておもしろい状況なんじゃないかとも思える。

で、人工知能が作曲してくれるサービス「Jukedeck」で作曲を頼んでみた。

Jukedeck – Create unique, royalty-free soundtracks for your videos.20161003-01

「PIANO」「MELANCHOLIC」「4:33」と指定したらできあがったのが、「Zany Moon」(おどけた月?)という曲。悪くないけど、なんかタイトルが付いてるけど、コンテクストは何もない。

シェアするときにも「人工知能が作ったよー」ぐらいしか話題がなくない? 音楽ライターが「この曲のレビューを書いてくれ。ただし人工知能云々には触れずに」と依頼されたら、どういうことを書くんだろう?