キスに至るシンクロニシティと同期の科学

読書メモです。河合隼雄「日本人の心」に、河合隼雄氏と科学史家の伊東俊太郎の対談「宗教と科学」が収録されています。

日本人の心
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この中で、宗教と科学が対立するもののように捉えられ出したのはここ200年ほどの近代科学だけである。近代科学は厳密化し宗教を排除した。実証主義が徹底されたことで物質の背後にいある暗在系/無意識が見えなくなってしまった、という話の中で、河合氏がユングの提唱した「同時性」(共時性・シンクロニシティ)を取り出します。

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ユングの提唱する「シンクロニシティ」

河合氏といえば日本初のユング派の心理分析家であり、ユングに関する著書も複数お持ちです。私はユングにあまり関心を持てなかったので「ユング心理学入門」を少し囓った程度しか記憶にありませんが。

(河合)ユングは同時性についていろんな言い方をしているんですが、結局、原因・結果というふうに因果律では説明ができないけれども、非常に「意味のある偶然の一致」という現象が起こるということを言ったわけです。
(中略)
ユングのしばらしいところは、それを虫の報せであるとか、エーテルとか、そういうふうに原因・結果を言わない。ただそういう現象が非常に意味を持っているということを考えることが人間にとって大事だ、と言っているわけです。
(河合隼雄「日本人の心」P.120より)

科学的に証明された「同期」

シンクロニシティといえば、スティーヴン・ストロガッツ氏の「SYNC」です。

「SYNC」では「ヒトは同期を探し求める動物である」(P.410)というフレーズもあり、ヒトの同期現象について科学的な解説を行っています。

SYNC: なぜ自然はシンクロしたがるのか (ハヤカワ文庫 NF 403 〈数理を愉しむ〉シリーズ)
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そして、ユングのシンクロニシティについては手厳しく、ヒトの同期が科学的に明らかになっていく前には「たとえば、数々の数々の不可解な現象がこれまで、月の相のせいにされてきた」と、「満月の夜に交通事故が多発する」といった話や占星術、バイオリズムといったものを「いかがわしい疑似科学」とぶった斬る余勢で、こう述べています。

同じく、カール・ユングが提唱した「シンクロニシティーの存在を裏付ける証拠も、いまだに見つかっていない。ちなみにシンクロニシティーとは、日常生活では意味のある一致が、「単なる偶然」としては片付けられないほど頻繁に起こっているとする考え方だ。なるほど、そう信じるのも一興だろう。事実私自身も、しばしば摩訶不思議な体験をしているからだ。
(スティーヴン・ストロガッツ「SYNC」P.411より。ちなみに上記リンクは文庫版なので、ページ構成は異なります)

と、自身の「意味のある偶然」体験を披露し、それが同期現象に興味を持ったきっかけだったと告白しつつも、科学的に説明できなかったユングに対しては、冷淡な評価をしているようです(このシンクロニシティーの出典として、ユング著/河合隼雄・村上陽一郎訳「自然現象と心の構造」が挙げられています)。

ちなみに、先の河合氏と伊東氏の対談の初出は1993年。「自然現象と心の構造」原著は1973年。ストロガッツ氏が述べる「同期」の裏付けとなる研究結果はおおむね1990年代後半から2000年代に出てきたもので、「SYNC」の原著は2003年。ユングや河合氏が非科学的であったのではなく、科学が進化して、河合氏が追っていた「同時性」を発見した、ということです。

河合氏は2007年に亡くなっていますが、晩年、こうした言説を目にする機会があったとしたら、どんな感慨を持たれたでしょうか。

キスに至る恋人たちの同期

ヒトの同期について、ダニエル・ゴールマン氏の「SQ 生きかたの知能指数」は、「キスの神経解剖学」という章で、ロマンチックな例を提示しています。

SQ生きかたの知能指数
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そのカップルは、初めてキスしたときのことを鮮明におぼえているという。二人の関係が決定的に変わった瞬間だった。
(中略)
店の外で別れの言葉を交わしているとき、ふたたび互いの目を見つめあう瞬間が訪れた。そして、だしぬけに、何か不思議な力に操られたような感じで、二人はくちびるを重ねた。
(ダニエル・ゴールマン「SQ 生きかたの知能指数」P.102より)

ゴールマン氏は「ロマンチックな瞬間を神経学の解剖台に載せて恐縮だが」と述べつつ、2人が見つめ合うことで前頭前野の眼窩前頭皮質が連結されたのだ、と、この現象を科学的に説明してみせます。

「SQ 生きかたの知能指数」の原著は2006年。本書のベースとなっている社会神経科学の知見の多くも、2000年以降に発表されたものです。

これは面白いなあ。20世紀の河合氏が「ほら、こういうのあるじゃん? 近代科学の手が届かないあたりに、何かこういうのあるじゃん?」てな感じで必死に説明していたものが、21世紀の科学では説明可能になった。科学がスゴイという見方もできるでしょうが、今日の科学が世界のすべてを説明しきれるわけではない、という証拠の1つだとも言えるでしょう。

また同時に、「科学的に説明できる」ことは非常に大事だとも言えますね。シンクロニシティのままでは、どうしても神秘主義やオカルト趣味的な文脈でもないと共有が難しかったものが、ローコンテクストに「こういう理論で同期する」という理論として共有できることは大事です。それにしても、未来に生きてるんだなあ、今って。

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