愛される才能

息子を見ていると、人には「愛される才能(能力)」というパラメータもあるのだな、と感じます。

ここでは「愛される」とは、「愛情をベースとした人間関係を結ぶ、維持する、発展させる」ということを指しています。どんなに愛されていても、ときには利害が対立したり、許せないことがあったり感情がもつれたりもするが、そこを乗り越えていく、ということでの「愛される」です。

人の心を他者が知ることはできません。自分に愛情が向けられているのか、その愛情がどの程度のものか直接知ることはできず、相手の態度や言動から推察するしかない、となると、相手の愛情が信じられなかったり、ときに緊張する関係の中で、相手とどう距離を取っていいのか悩んだり、ということもあります。

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「愛される」ことはけっこう怖い

すると「愛される能力」とは、要するに他者を信頼する能力だと言えます。一定以上の大人に向けては胆力だと言い替えてもいいかもしれません。関係が悪化しているときはもちろん、理由もないのに愛情を向けられることも(本来、理由はいらないものですが)、愛された経験が乏しい人にとっては、けっこう怖いものだと思います。

「いや、そこは信じればいーじゃん。信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つく方がいーじゃん」と言える人は、これまで十分に愛されて自己肯定感がたっぷりある人か、武田鉄矢の信奉者なのではないでしょうか。

世の中には、他者の愛情を信じ切れず自分から関係を壊してしまう人もいるし、悪意を持つ相手のアピールにだまされて、破滅してしまう人もいます。

一方で、愛情を疑う必要がない場面ではしっかりと信頼を貫いて、それが伝わる振る舞いをしつつ、怪しい相手は直感的に察知して距離を取る、ということができる人もいます。

人生経験によって磨かれる要素もあると思いますが、そうではなくて天性の嗅覚みたいなものを持っているとしか思えない人もいるんですよね。何なんでしょうかあれは。すごく欲しいですし、もうちょいロジックとして整理してみたいです。