自分には細かく厳しく。周りにはおおらかに優しく:社会ネットワークのひみつ(4)

この文章は、社会的ネットワークと、その中での生き方について、息子(2013年現在、小学校1年生)が小学5、6年生ぐらいになったときに読んでくれる、という想定で書いています。

息子と、これから息子と関係していく方達に、何かの役に立ててもらうことができれば嬉しく思います。


前回「自分の「まともさ」を支える「自己肯定感」」では、社会でやっていくために必要になるものについて書いた。今回は、そこを踏まえて、社会でどのようにやっていこうか、という話になる。

20131103 01

変化に対応できる強さの原則

「送信するものに関しては厳密に、受信するものに関しては寛容に」という言葉がある。これは、機械のネットワークにおける通信の大原則だ。つまり、自分自身の言動は厳密に律し、ほかの人の言動は寛容に受け止めましょう、ということ。ジョン・ポステルという科学者が提唱したもので、「ロバストネス(変化に対応できる強さの)原則」とも呼ばれる。

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要するに、ネットワークに接続する機器は、自分で発信する情報は厳密に正確な、相手にとって受信しやすいものであるべき。一方で情報を受信するときには、ある程度寛容に、相手のちょっとしたミスぐらいは許容できるようにするべき、ということだ。

人間のネットワークにも同様のことは言える。適当なことばかり言っている(自分の言動が厳密でない)人は周りから信頼されないし、相手の言動に細かくケチを付ける(ほかの人に寛容でない)人は敬遠される。そんな人たちばかりが集まる集団が、さまざまな変化に対応していける強い集団になれるわけがない。

反対に、自分の言動が厳密で——筋が通っていて、誤解の余地がないものであれば、トラブルが起こりにくいし、言い分が対立したときでも、建設的な会話が成り立ちやすい。また、相手の言葉足らずなところや言い間違い、不用意な行動に対して寛容であれば、無用な手間や揉め事を減らすことができる。そんな人のまわりは雰囲気がよくなるだろうし、さらに、いい友達を増やしていけそうだ。

もちろん、寛容さにも使いどころと限度がある。インターネットでメール送信先のアドレスが1文字間違っているのを、メールサーバーが寛容さを発揮して「たぶんこの文字だろう」と補ったりしたら、意図していない相手に届いたりして大トラブルを引き起こしかねない。社会でも、問題行動を繰り返すヤツは厳しく罰した方がいいこともある。

それにしても、原則としては「送信するものに関しては厳密に、受信するものに関しては寛容に」でいきたいものだ。

「まね」と「思いやり」という人間の本能

ところで、人は、近くにいる人の行動を模倣(まね)する本能を持っているそうだ。これが、ネットワークで人どうしが影響しあう理由でもある。

例えば、赤ちゃんは自分に向けられた親の表情をまねて笑う。歩いたり、話したりといったあらゆる仕草も最初は親(身近にいる人)のまねで、だから、親の目線からすると「子どもは親のまねて欲しくないところばかりまねる」なんて愚痴も出る。

大人だって、目の前にいる人が笑顔を向けたら自分もつられて笑顔になるし、ムスッとしていたらこちらもちょっとムスッとしてしまう。これは意識的にやっていることではなくて、人間の本能にそういうプログラムが入っているからだそうだ。

また、「まわりの人を思いやる」ということも、人間は本能レベルでやっていることだそうだ。もちろん、思いやりに欠ける人もいるが、それは、さまざまなストレスが本能の働きを阻害していたり、さまざなま事情により「思いやらないことが最善」と本人が判断したためだと考えられる。

「まね」と「思いやり」はいずれも、人間が生きていくために必要な機能だった。赤ちゃんのような何もできない存在が一人前になって生きていくためには「まね」でスキルを身に付けるが有効なのだろうと考えられる。また、「思いやり」を働かせてまわりの人を助けることは、めぐりめぐって未来の自分を助けることにもなるだろう。

「送信するものに関しては厳密に、受信するものに関しては寛容に」という態度は、こうした人間の本能にてらして考えても、合理的だ。

自分の言動に対する厳密さ、その姿勢によって生み出される言動がまねられていくのは、世の中を気持ちよくしていくだろう。そして、お互いが自分を律しながらつき合っいく中では、相手に対して思いやりを持ち、寛容であることが社会に余裕を生む。それは、自分自身にとっても本能に逆らわない、気持ちのいい態度なのだ。

ちなみに「コイツ気に入らないけど俺は寛容さを発揮して大目に見てやろう」みたいな気持ちになったときは、すでにに寛容さを失っていてるうえに相手を下に見て、横柄になっている。あくまでも対等な意識で、時には困惑したり腹を立てたりしつつも、相手の善意を信じ、対話をしていこうとするのが「寛容」なのだと思う。

話をまとめよう。

「送信するものに関しては厳密に、受信するものに関しては寛容に」という原則は、機械のネットワークの原則として生まれた言葉だが、人間のネットワークでも常に心がけたい原則だ。

人の美点、厳密さ、自分を律する姿勢をまねること、人を思いやり、寛容さを発揮することは、人間の本能に基づく行動なので、その方向でやった方が気が楽になるはずだ。


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切ると、自滅する:社会ネットワークのひみつ(5)


ロバストネス原則のキモは、今だけではなく、将来起こる現時点では予測できない変化にも対応できる強さを指している点にある。「強い組織」「強固な組織」というとカッチカチの堅さを想像しがちだが、ロバストであることは柔軟であるということだ。

「送信するものに関しては厳密に、受信するものに関しては寛容に」という言葉は「RFC 793」(英文)にあるが、ここでは「ジョン・ポステル – Wikipedia」から訳文を引いた。

「まね」と「思いやり」が人間の本能である、という解説は「SQ生きかたの知能指数 」に詳しい。

写真は、万国旗が飾られた東京国際交流館(お台場)。世界はもちろんネットワークであり、国と国との繋がりというのは、実に難しい。個人と個人なら何とかおさまることも、国と国となると、簡単にはいかなかったりもする。

とはいえ、国としての大きな力(経済力だとか、軍事力だとか)がないとそもそも交渉にすらならないことも多い。2018年あたりの国際情勢はどんな具合になっているものだろうか。