「クチコミ」が無条件にいいものだった時代は終わった
あきみちさんの「ネットデマやステマは病原菌」という記事は、デマや情報操作とそれへの対抗方法を病原菌と免疫のメタファーで捉えるという、非常に刺激的な記事でした。
「病原菌と同様に対応できるかどうかが人類にとって大きな意味を持つ」という感想です。 有名な「銃・病原菌・鉄 - 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎」という本で語られている「病原菌」と同じようなニュアンスの「病原菌」です。
Geekなぺーじ:ネットデマやステマは病原菌
従来「情報リテラシー教育」として考えられることが多いテーマを「免疫」と見立てることによって、脳みそや知力の問題から、全身の問題、身体的感覚で捉えるべきものであると考えることができます。
すると「とにかく教育」というよりも実践的な経験が重要であり、ワクチンを打つような試み(段階的に小さなデマを受け止めていくような形)に可能性を見出すことが可能になるでしょう。一方で、免疫系の暴走によるアレルギーのようなものも起こるのかもしれません。
また、デマへの耐性には知的な優劣ではなく経験から来る耐性が重要であると捉えれば、デマに惑わされる人を「情弱」と見下すような態度は、自分が来た道をこれから通ろうとする人を見下しているに過ぎないと考えられます。この記事のタイトルを見て「クチコミなんて『前から無条件にいいもの』ではなかった」と思った方は、すでにある程度の免疫を獲得していると言えるでしょう。
「クチコミ」という言葉そのものにいいイメージがある
ところで、「食べログ」や「@cosme」のようなユーザーによるレビューを主体としたサイトで「クチコミ」という言葉が選択的に使われているのは、この言葉が持つ「利害関係に囚われることがなく、信頼性が高い情報である」というイメージによるところが大きいはずです。
Wikipediaには次のような記述があります。
一般に口コミによる評判はマスコミでのそれよりも信憑性が高いと認識されている。これは一般人にはマスコミのような利害関係が生じにくい事による。
口コミ - Wikipedia
余談。「口コミ/クチコミ」が大宅壮一が1962年ごろから使いだした造語だいうことを初めて知りました。だとすると、今年は「口コミ」50周年ということになります。
「語源由来時点」によると、大宅壮一は「口コミ」としては口伝のものだけを指し、活字によるものは「手コミ」として呼び分けていたとあります。とりあえず大雑把にまとめて口コミ、という形で意味が変化してきたのでしょう。
Wikipediaの「口コミ」の項には、昨今のネットクチコミのよろしくない面も書かれてもいますが、世間一般においては、まだまだ「クチコミ」という言葉の力は健在であるように思われます。
しかし、そこに業者がからみ情報操作が行われるということは、「クチコミ」の看板を掲げて実際には宣伝広告販促がされているという、言ってみればブランドイメージを悪用したブランド体験の毀損のようなことが行われているわけです。
「クチコミ」のイメージはどれだけ損なわれるか?
個人的には、こうした問題で「クチコミ」という言葉のわかりやすくよいイメージが損なわれ、50年目にして廃語になるようなこともあるのか? と考えてみていますが、おそらく一般にはそういうこともないのでしょう。
仮に食べログでやらせクチコミを行った店があったとしても、その店がそれなりにおいしいものを出していれば、実際には後付けの形ですが、クチコミは肯定されることになります。本当に羊頭狗肉の事態となるのは、比率としてはごく少ないものになると思います。
ただ、もともとクチコミはある程度の当たり外れがあるものです。そこで「ここのクチコミは外れが多い」となれば、クチコミの信頼は損なわれます(このあたりが、言ってみれば「アレルギー」の発生?)。
一方、「クチコミ」そものについて考える人の間では信頼性が揺らぎ、信頼できないものと見なされていくようになるはずです。ただ「クチコミ」そのものを否定しても代わりになるものはなく、いかに(利害関係がない、などの条件を備えた)適切なクチコミを用意するか、という問題になります。
そろそろ「クチコミ」も再定義されるべき時期か?
どうもWebにおける「クチコミ」というものは、その生成・集積やマッチングまで、システム全体からいちユーザーとしての捉え方まで、全体を見直すべき時期になってきたように思います。
そのとき、2つの方向性がありそうです。1つはより高い透明性を確保する方向。例えば食べログ的なサイトでレビューするユーザーのアカウントをFacebookのような実名必須リアルプロフィールもまるわかりのサービスと紐づけることで、ステルスマーケティングのような行為をやりにくくするものです。
同時に、リアルな人間関係に基づいたクチコミ情報の提示による、マッチングの精度向上も見込めるかもしれません。
参加のハードルを上げてメリットも上げよう、といった発想ですね。ただ、これはシステム的に複雑になるわりに、一般ユーザーのクチコミ体験をどれだけ向上させられるかは未知数なのではないかと思います。
もう1つは、ステルスマーケティングのような行為もやれる余地を残しつつ、既存メディア的な努力により駄商品を過剰に褒めない、ウソすぎる情報は排除する、といった努力を行う方法。これは比較的簡単で、一般ユーザーのクチコミ体験の向上にもつなげやすいはずです。ただ、Web2.0ブームのころにイメージされた「クチコミ」の好ましい姿ではないような気がしますが。
(2011.1.10追記)続きを書きました。
ネットで「クチコミ」の意味は拡張され、強い影響力を持つものになった
- 2012.01.07
- [コミュニケーションの話(ソーシャルメディア、社会の話)]
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