心に少しの余裕を作るために思い出す「人はそういうものだ」という話  

大変な地震ですが、東京のわが家は、幸いにも部屋が散乱して本が数冊水浸しになった程度で済んでいます。とはいえ、テレビもネットも周辺のリアル社会も、日常に戻っていると言える状態ではありません。 そんな中で、何かの役に立つかもしれない話を共有したいと思います。 買い貯めに走る人を見ると...

大変な地震ですが、東京のわが家は、幸いにも部屋が散乱して本が数冊水浸しになった程度で済んでいます。とはいえ、テレビもネットも周辺のリアル社会も、日常に戻っていると言える状態ではありません。

そんな中で、何かの役に立つかもしれない話を共有したいと思います。

買い貯めに走る人を見ると、つい不安になって自分も買い貯めしたくなってしまう

1つ目はロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器」から。この本では「社会的証明」という言葉が紹介されています。これは「周囲の人の意見や行動に無意識のうちに影響を受け、自分の考えが決められてしまう」というもので、例えば「たいして面白くないテレビ番組も、録音された笑い声が聞こえてくることで面白いと感じ、自分も笑ってしまう」ということが紹介されています。

昨今の東京でいえば「物資の買い貯めに興味がなく必要十分なものはすでに揃えていると分かっていても、商店で必死に買い貯めをする人々を見ると、もっと買っておくのではないかと不安になってしまう」というのも、社会的証明によるものだと言えるでしょう。

本書では、社会的証明が働きやすい条件として、次のようなことが書かれています。

一般に、自分自身に確信が持てないとき、状況の意味が不明確あるいは曖昧なとき、そして不確かさが蔓延しているときに、私たちは他者の行動を正しいものと期待し、また、それを受容するようです。
(「影響力の武器」第1版 P.155より)

「群集心理」と言われるものもこれだと思いますが、まさに今の状況ではないですか。

この社会的証明に関する解説から、私はここ2、3日、商店に入っても「ヒトは買い貯めをする群衆を見ると、無意識のうちに自分ももっと買い貯めなければ......という気分にさせられてしまうものだ。だから、本当は必ずしも買い貯めが必用なわけではない。安心してもいい」と考えるようにしています。とはいえ、この心理には逆らいがたく、飲み物やら保存食的なものやらをちょっと余計に買ってしまうことが多いのですが。

こうした社会的証明から逃れる方法として、本書では「類似した他者(自分と似た属性を持つ他者。ヒトは、特に類似した他者に影響されやすいとされる)が行っている明らかに偽りの証拠に対して敏感であること、類似した他者の行動だけを私たちの決定の基礎にしてはならないことを肝に銘じることである」と、なかなか難しい話をしています。また「難しいのは、たいていの場合、私たちは社会的証明が提供してくれる情報に対して防御態勢を取りたがらないという現実があることです」と、この「みんの意見は案外正しい」式判断が、いかに魅力的なものかということも述べています。

悲報に触れたとき体が動かなくなるのは、自分自身を守るためである(かもしれない)

2つ目はダニエル・ゴールマン「EQ こころの知能指数」から。本書では「情動(emotion、感情の動き)」の説明として、次のようなことが書かれています。

悲しみがもたらす生理化学的変化は(中略)心の大きな痛手に適応するのに有効だ。悲しみを感じたとき、人間の活動意欲(とくに楽しい活動に対する意欲)やエネルギーは低下する。その状態がだんだんひどくなってうつ状態になると、からだの代謝機能まで低下する。このような内に引きこもった状態は、喪失や挫折を気のすむまで嘆き、それが人生にもたらす影響の大きさをはかる時間を与えてくれる。そしてやがてエネルギーが回復し、立ち直っていく。原始時代、エネルギーの低下は悲しみで力を落としたヒトを安全なすみかの近くに止めおく効果があったのかもしれない。
(「EQ こころの知能指数」p.25より)

つまり、悲しみを感じて何もやる気がしなくなるのは、ヒトが昔から搭載してる基本的な機能である、ということです。現代社会にはうまく合わないものだとしても。

そのような時には体が動かない自分がダメだと思い込んだり、無駄に心に鞭打ったりすることなく、そういうもんだからしょうがない、と開き直って、ゆっくりと心の回復を待つべきなのだと考えるようにしています。

笑顔を見る→無意識に笑顔を模倣する→すこし心が楽しくなる

3つ目は、同じくダニエル・ゴールマン「SQ 生きかたの知能指数」から。本書では反射的に起こる「感情の模倣」というメカニズムにより、ヒトとヒトとの間で感情が伝染するということが紹介されています。

楽しそうな笑顔を目にしたとき、人間は自分が笑顔を見たことを意識していていもいなくても、その楽しそうな表情を模倣し、自分の顔の筋肉を引き上げてかすかな笑みを作ろうとする。模倣が喚起するかすかな笑みはふつうの目にははっきりと見えないかもしれないが、科学者たちが顔の筋肉をモニターした結果、感情を模倣した微笑がはっきりと確認されている。それは、まるでこれから満面の笑みを浮かべる準備をしているかのような筋肉の動きだ。
こうした模倣は、身体レベルにも影響をもたらす。つまり、顔に浮かべた表情が引き金となって、心にそうした感情が浮かぶ、ということだ。わたしたちは、意図的に表情を作ることによって、それに呼応する感情を心の中に喚起することができる。上の歯と下の歯で鉛筆をはさんでむりやり笑顔を作ってみると、かすかに明るい気分になるはずだ。
(「SQ 生きかたの知能指数」p.35より)

「笑顔」を見ることは、科学的にも「気分を上向かせる役に立つ」と言えるよ、という話です。笑顔のヒトとリアルに対面するのが最も良いのかもしれませんが、写真やイラストだって、効果がわけではないはずです。現在、Webでは次のような試みがされています。