ツイッターのドラマ「素直になれなくて」は、誰がどう素直になるべきなのか?
どこか不思議な、2010年なのに1990年代の残滓のようなものを随所に感じるドラマでした。何なんだろうこれ。一緒に見ていた妻がぽつりと言った「いろいろ詰め込みすぎ」という感じが、私にもありました。登場人物も多いし、リストカットだパワハラだEDだ、援助交際?やら万引きやら......。単に自分が連続ドラマを見なくなって久しく、消化力が落ちているだけなのかもしれませんが。
上野樹里さん演じるハルが非常勤講師だとか、瑛太さん演じるナカジはカメラマン見習いで小さい仕事しかないとか、主要な登場人物(若者)の全員が社会的に不安定な立場にあり、また、少なくとも第1話においては将来への希望や社会的な地位向上(出世)の可能性がさっぱり感じられないというところに、気味の悪いリアルさを感じました。誰にも「師匠」や「頼れる先輩」的存在が付いていない(一方で抑圧する存在はきちんと配置されている)のも、いやーな感じです。
先日、佐々木俊尚さんがTwitterで「いまの若い人は優しすぎる、もっと怒ればいい」といった発言をされていましたが、
そこで「もっと素直に怒れ。君たちを押さえつけている上の世代に牙を剥けばいいのに、できないのかよ!?」といった意味合いでの「素直になれなくて」だったりして、これから皆が「素直」になっていくのだったら、これは相当にワンダフルなドラマになるんじゃないかと思います。......が、どうなんでしょうね。
社会的に弱い立場にある人にとってのネット(Twitter含むネット全体)というのは、繋がりを作り、強い力を得て逆境を打破するための武器にもなり得ます。しかし、使い方によっては、単にガス抜きの場となり、それによって気力・体力や時間を浪費してしまうだけで、かえって逆境を打破する力を削いでしまうかもしれません。
そこらへんで、Twitterは彼らにとっての何になっていくのか? 視聴者はTwitter上で非難轟々しながらも次の朝にまんまとジョージアを買ってしまうのか? というあたりが気になります。
- 2010.04.16
- [コミュニケーションの話(ソーシャルメディア、社会の話)]
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