最近思っていること。TwitterとEvernoteの観察から  

TwitterとEvernoteは、どちらも「使いこなせていない」、「どう使えばいいのかよく分からない」という声を聞く頻度が妙に高いツールだと思います。

それはなぜか? という仮説として、次のようなものを持っているのですが、

(1)先行しているユーザーがすごすぎ/すごさを強調して伝えすぎているので、自分の使い方とのギャップを大きく感じすぎる
(2)「使いこなす」の形が従来にないものなので、わりと使いこなしていても「使いこなせている感」を得られないことが多い

(1)は置いといて(2)について。Twitterは、10フォローと100フォローと1000フォローで、見える世界がかなり異なり、使い方も自ずと異なってきます。

数十~100ぐらいの頃は、既存のIRCやIMに似た「フォローしている人の発言を追う(発言者で切って読む)」方式で使えていたのが、200を超えたあたりから困難になり、数百フォローの後半となると、タイムラインへの接し方が完全に変わって「今ある発言を読む(時間で切って読む)」といった感じになるはずです。こうした使い方は、Twitter以前には(普通は)なかったものです。

これは、フォロー数が増えることで「そうならざるを得ない」変化であり、それを受け入れるか否か、という問題になります。おそらく、これを受け入れることでTwitterならではのものを発見し、「もっと使いこなせるんだと思うんだけど使いこなせていない」といった感じは、かなり軽減されるのだと思います。このあたりは、リストを利用して特に注目する人の発言を追う等のワザもあり、そうした知識があれば、受け入れやすくなるでしょう。

Evernoteもまた、10ノートと100ノートと1000ノートで、ツールの意味が変わったり、使い方が異なったりするのだと思います。

100ノート前後ぐらいまでは「同期するメモソフト」、「写真や音声も簡単に貼れるエディタ」として、一般的なメモソフトと同じような使い方で快適に使えます。これくらいまでは頭の中で全体を把握できるので、意識的に整理する必要もなありません。

しかし、それを超えた数のノートを扱おうとすると、適当な整理では立ちゆかなくなります。Evernoteの最大の特長は大量のノートの「整理」&「取り出し」をしやすくする機能がいろいろ揃っているところにありますが、そこを考えないままでは、その先の「Evernoteならでは」の使い方にはたどり着けません。これがひとつの「壁」だとすると、ここではTwitterのように起こる受動的に受け入れるのではなく、自分で能動的に変化を起こさないと先に進めません。

じゃあ、どうするか? とりあえず「型」にはまってみるのが良い、というのが最近の結論です。

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