「群衆の叡智」と梅田望夫氏について少々  

以前にも似たようなことを書いていますが、

集合知:情報(知)を集合させただけのもの
群衆の叡智:複数人が協調的に活動する中で生まれる知恵

というのは、慎重に分けて論じた方がいいのではないかと考えています。で、その流れで言うと、

たぶんあの人は「集合知によってどう世の中を良くするか」みたいなことにはあんま興味が無い。 Web 2.0 を「自分が成長するツール」として捉えてたフシがある。ハイブロウってのもそういう風に「自分で自分を成長させられる人」って意味と見るのが正しいと思うな。でも日本人は自分を成長させるより他人の足を引っ張ることの方に熱心になった。それで残念がってるんだと思う。
梅田望夫と Web 2.0 - raurublock on Hatena

梅田望夫氏の関心は、上記の分類でいえば「群衆の叡智」であったと思います。その叡智によって「自分が成長」もしたかっただろうし、そのためには「自分で自分を成長させられる人」の集まることが必要だったでしょう。

そして、それが「世の中を良くする」というところまで繋がっていたとは思います。ただ、それは世の中の全員を持ち上げるイメージでなく、世の中の何割か(確か50%未満)の人が参加した「総表現社会」という言葉で表現されるものだったと理解しています。

以下は2007年初頭の梅田氏のブログの記事です。

これまでは人間の脳という物理的な制約の中に閉じ込められてきた個人の経験や思考が、これからは他の人たちとゆるやかに結びつき始めるのである。そういう「Wisdom of Crowds」元年がまさにいま始まろうとしているのであって、
2007-01-04 - My Life Between Silicon Valley and Japan

梅田氏の「はてブバカ発言」および「日本のWeb残念発言」には、ここらへんの群衆の叡智が来ないな、という思いもあるんではないかと想像します。

「群衆の叡智」を成立させるためには一定の条件が必要とされていますが、この条件を思うように満たせなかったことが、「バカ」であり「残念」に繋がってしまったのではないかと考えます。その条件とは、

(1) diversity of opinion (意見が多様なこと)
(2) independence of members from one another (メンバーが互いに独立していること)
(3) decentralization (中心を持たないこと)
(4) a good method for aggregating opinions (正しい方法で意見を集約すること)

群集がいつも賢いとは限らない 「Wisdom of Crowds」の成立条件 - Zopeジャンキー日記

この中で、何が問題であったのか?

梅田望夫という中心を持ってしまったのが問題だったのか?
はてなブックマークが多様性や意見の独立性を削いでしまうアーキテクチャなのか?
はてなブックマークが意見集約システムとして間違ったシステムなのか?

1番目はそうでもなかったような(信奉者ばかりが集まるような状態ではなかったような)気がしますが、下の2つは、わりと考慮に値するテーマであるように思います。

もっともそもそもメンバーの質が低いと、上記の4条件とは無関係以前の問題として群衆の叡智は成り立たない、という話もあるのかもしれません。個人的にはそういう話でもないと思いますが。

現在、梅田氏はサバティカルに入ると宣言してブログ(やソーシャルメディア全般)をバーンアウトした(燃え尽きた)状態にあると認識していますが、氏がバーンアウトする可能性は、2004年にすでにご自身によって指摘されていました。

Scobleのエネルギーを吸い取る源は「disparate audiences」(共通点のない本当に色々な人達)であったに違いない。

僕もこの連載を続けている中で何度となく経験し、今も完全に克服できてはいないが、ネット上で多くの読者に向けてモノを書くという行為で、乗り越えなければならないハードルは、この「disparate audiences」(共通点のない本当に色々な人達)に慣れることである。
Blogを書くことの心理的負担とそれを上回る魅力:梅田望夫・英語で読むITトレンド - CNET Japan

 

僕も、間違いなく後者「観察・啓蒙系」である。ということが、「信念・意見表明系」のシュナイアーと会ったことで、改めて強く確認することができた。
(中略)

「信念・意見表明系」の「disparate audiences」(共通点のない本当に色々な人達)に囲まれてしまうとき、「観察・啓蒙系」はバーンアウトするのではないだろうか
Blogでバーンアウトする人と、しない人の違い:梅田望夫・英語で読むITトレンド - CNET Japan

梅田氏の周りに「信念・意見表明系」の「共通点のない本当に色々な人達」が集まってしまった、または、梅田氏の限界を超える多数の「共通点のない本当に色々な人達による信念や意見」が見えてしまった、もしくは、時間を経ての蓄積が限界を超えたのが2008年だったのだろうと。いやいや単に当初の予定通りのサバティカル入りだよ、という話かもしれませんが。

この先はうまくまとまっていないのですが、関連して思うことをいくつか。

(1)ネットに人が増えすぎて、ソーシャルメディア上で高い注目を集めるひとにとって、数年前にあったシステムのいくつかは使い物にならなくなってきていると感じます(その一例)。いつまでも完全にフラットな状態をよしとするのでなく、底辺からの一般大衆と、上に上がってくる意識の高い人(物事を良い方向、新しい方向に進めようとする人と、粗探しをしたり足をひっぱったりするのに熱心な人、ということかもしれない)を切り分けてなんかするシステムを考えた方がいいのかも。

(2)梅田発言関連を追っていると「優秀な人は英語圏で発言しているよね」と、「日本語が亡びるとき」関連で提示された危機感に繋がる議論が展開しているのを各所で目にします。最近ではTwitterを見ていると、日本人の各方面で先端にいるユーザーは英語で発言している人が多い。

(3)ソーシャルメディアの活用は、組織内の情報共有とか認知科学・学習科学といった分野でも注目されていること(だと思う)であり、梅田さんが放り出しても、はてなの中の人にはシステムの開発を続けていってほしいなと思っています。

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