「発信」でなく「発振」―"コミュニケーション"をはずませる「同期」の力について  

先週末に書いたネタについて補足など。最初に考えていたことを改めて整理しておくと、

  • オンラインで過ごす時間が増えると、生活リズムにWebメディアからの情報によって形成される部分が多くなる
  • ブログ(ブログでなくTwitterでもTumblrでもいいんだけどWebのあらゆるメディア)とユーザーの生活リズムが同期する
  • Webのメディアの評価、または影響力を左右する指標として、従来のようなコンテンツの質だけでなく、同期の度合い(なんと言えばいいのか分からないが、俗っぽく言えばシンクロ率の高さ)が加わるようになるのだろう

ということでした。

この「SYNC」を以前読んでた途中で放り出し、また週末からリトライしつつやっぱり難しいなーと苦戦している程度の理解度で書きますが、生物は細胞のレベルで「同期」することを欲する(同期しようとするのは生物に限らないけど)。そして、Webが常時アクセス可能なリアルタイムのストリーミングメディアであり、世界中のユーザーと常時接する機会がある。だとすると、そこでの活動において「同期」を意識するというのは、いろいろな面で意味があることのように思えます。

例えば、CGMマーケティングなんかで「共感」という言葉が使われることがあるけど、もう一歩進めて「同期」マーケティングってのもありだよなーと。

同期している状態はきっと人間の認識では「俺はこのブロガーとシンクロ率が高いからこういう意見になっている」とはあんまりならなくて(言う人もたまにいるけど)、「共感している」とか「納得した」ということになるんじゃないかと思います。認識の中では従来と同じ「共感」であり「コミュニケーション」。でも、非同期時よりも強烈に刷り込まれている、または細胞レベルで共感する下地ができている、みたいなことになる。

だとすると、毎日早起きしてブログを書くとか、大事なことを3回言うとか、そういう行為が従来考えていた以上の意味を持っている気がします。逆に言うと、コンテンツそのものにいくらパワーをかけても、「受け手との同期」という視点を失っていては期待した評価を得ることはできない、ということでもあります。