ネットの書き言葉は話し言葉に近くもある件  

インターネットでは、それまでの紙メディアでボトルネックであった容量(紙の面積。紙幅が尽きる、というやつ)の問題はなくなった。かわりに書き手・読み手双方の時間やアテンションがボトルネックになっている。

で、そこで同じ「書き言葉」でも根本的な違いが生まれると考えられます。

kokokubeta ネットの文章は書き言葉でありながら、話し言葉でもありそうな気がする。気軽に書けるってこととずっと残るってことはトレードオフだと直感的に感じるのに、そうではないという事実の違和感なのだろうか
はてなブックマーク - 書き言葉が強い破壊力を持っていることと、ブロガーの孤独について :Heartlogic

紙メディアでは限りある紙面の価値を高めるために「編集」という作業が徹底的に行われます(締め切りギリギリまで編集しても、余裕を持って編集を切り上げても、それが読者の目に触れるタイミングは変わりません)が、Webメディアの場合、編集に時間をかけすぎることはかえって媒体の価値(速報性やライブ感など)を損なってしまうことにもなりかねません。

誌面よりも時間(タイミングおよび読むのにかかる時間)やアテンション(の獲得・維持)が問題になるという点で、Web上の文字の読まれ方は「聞かれ」方に近く、だから文章の書き方を話すことに(例えばプレゼンのような形に)近づけるのは、ひとつの有効な方法なんだろうなと思います。いわゆる「フローとストック」で分ければ、フロー情報には速報性が重要なのはもちろん、ライブ感やリズム感も読ませるために重要なのでしょう。

空行を開けて「間」を調節するとか、声のトーンを変えるかわりに文字の大小や色換えでアクセントをつけるとか。大事なことは必ず3回繰り返して言う(書く)、みたいな方法も大事なのかもしれません。

また、場を暖めたりリズムを整えるのに、適当に横道にそれた話とかダジャレとか雑談的なエントリーとか、誌面の価値を高めるためにじっくり編集していた頃にはさくっとカットになっていたようなものをうまく混ぜる、なんてのも有効なことなんだと考えられます。

そして気軽に書けるってこととずっと残るってことはトレードオフとは限らず、よく語られるように「どうでもいい情報は埋もれていく(ソーシャルメディアでフィルタリング)」というこになるのかなと。もちろん、書いちゃったら一発で致命傷になる内容もあるわけですが。犯罪告白とか。

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