「録音笑いのないバラエティ番組を見られなくなった」  

はてなブックマークの人気エントリーより。記事の枕部分に興味を持ったので。 「以前からアニメを見ていたが、今はコメントがないとアニメが見れなくなった」という人間が増えている。2ちゃんねる等々でもよく見かける書き込みだし、自分の周りにもそんなことを話している人がいる。それは決して...

はてなブックマークの人気エントリーより。記事の枕部分に興味を持ったので。

「以前からアニメを見ていたが、今はコメントがないとアニメが見れなくなった」という人間が増えている。2ちゃんねる等々でもよく見かける書き込みだし、自分の周りにもそんなことを話している人がいる。それは決して「このアニメはコメントがないと見れないほどの糞アニメだ」という意味ではなく、彼らは全てのアニメに対し普遍的にそれを感じているらしい。
それはオタクとしての「劣化」だ - Thirのはてな日記

ニコニコ動画のコメントは、テレビのバラエティ番組でよく使われる笑い声と似た性質を持つと考える。

この笑い声を「影響力の武器」では「録音笑い」と呼んでいて、誰も録音笑を好きな人はいないが、録音笑いがあるとテレビの視聴時間が伸び、満足度も高まるというデータがあるとしている。この録音笑いは「社会的証明」の代表的なものである。

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「社会的証明」というのは、「他者のふるまいによって自分の行動を決定する」という人間の特性を指したもの。バラエティ番組で出演者が何か面白いことをしたらしきタイミングで他者の笑い声が聞こえると(それがどう考えても素材集の「笑い声」みたいなやつであっても)、「ここは面白いから笑おう」と思ってしまう、というのが一例だ。オタクでも非オタクでも、よほどの変人でなければ「社会的証明」の影響を受けないではいられない。

感想やレビューといったコンテンツに付属するCGM(メタデータ)の利用のされ方として、分析をする際の参考に、といった場合もある。が、もっと単純で感覚的な消費方法である「社会的証明の確認」ということが圧倒的に多いだろう(ちなみにソーシャルブックマークのコメントみたいな場は、各自に十分な思考の時間が与えられるので、安易に「社会的証明」に流されてしまう状況を比較的脱しやすいのではないかと思う)。

本書で挙げられている社会的証明の例には、たとえばバーテンダーが最初に高額紙幣をチップ入れに混ぜておく(チップの相場はこれくらいなのだ思わせる)とか、いわゆるサクラの例、雑踏の中でひどい目に合っている人を皆が無視する例(周囲が無視しているのだから自分も無視してよいのだと思う)など多数が紹介されている。

一方で本書では「社会的証明」にやられないための対策として、「たくさんの人がいても、その中から一人だけを選べ」としている。雑踏の中でひどいことになっていたら「誰か助けて!」ではなく、「そこのお前、青い服でメガネのお前、助けてくれ!」と叫ぶことで、助けてもらえる確率が上がると。

余談として、この考えを応用してみると、「みんなの感想」をふんわりと受け取って仮想の「みんな」の中で笑うのでなく、自分がこの人、と思うコメンテーター(上記エントリーに沿った例としては、オタクの師匠的な人物か)を選んで、その少数からのコメントを参考にするようにすると「劣化」と指摘されるようなことがなくなるのかもしれない。が、上記エントリーが指す「劣化」の意味がよくわかってないので、違うかもしれない。これは話が違うか。