Twittr日本語化に見る、UIとサービスデザインの翻訳
Twitterが日本語化され(既存ユーザーの画面が強制的に日本語化された。英語に戻すことも可能だが)、当然のように既存ユーザー不満が上がっている。
既存のTwitterを使っていたユーザーは英語のままで満足していたんだから彼らの文句など適当に流しておけば良いわけだが(別途、勝手に君らの画面を日本語化してゴメンぐらいは言っても良いように思う)、「これで友達もTwitterに誘えます」みたいな発言が(私が観測している狭い範囲での話になるが)見られないのは、問題であると思う。
日本語化されたTwitterは、「もごもごクローン」とも見える(もごもごは「Twitterクローン」と呼ばれた国産ミニブログの一種)。
tweetが「つぶやき」と訳された点など、実に「もごもご」チックだ。一方で「Follow」は「フォロー」だったりして、全体にUI(画面のメッセージ)はとりあえず何かしらの日本語に置き換えられたものの、Twitterの独特の概念を日本語化したとは言えないものだと思う。上っ面を日本語にしても、よく分からないものはやっぱり分からないものだなあと、当たり前のことではあるが思った。
基本的なシステムは「もごもご」も同じで、使ってみないとよくわからないという点では似たり寄ったりなようだけども(もごもごは使ったことないけど)、表面のメッセージを日本語化すると同時に、根本の概念も日本語化(日本人に理解できるように意訳)することも考える必要があるのだなと感じた。
ここまで1年以上英語版オンリーで定着してきたサービスなんだから、主要な用語は英語のままでユーザーの混乱を招かないようにして、感覚的に分かりにくい部分にヘルプへのリンクを付けるとか、詳しいチュートリアルを作るとか(日本語版ヘルプはできてたけど)、そういう対応のしかたもあったのではないかと思う。
- 2008.04.23
- [コミュニケーションの話(ソーシャルメディア、社会の話)]
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