「匿名で『ありのまま』のことを書くブログが増えたら良い」続き  

以前の“匿名で「ありのまま」のことを書くブログが増えたら良い"の続きを考えつつ放置してしまったので、そろっと中間整理的に。

「匿名でありのままのことを書くブログが増えたら良い」というのは自分の思いであったのだけども、「世の人が全て聖人君子であったら良い」的な、当たり前すぎる理想論だったなあと思えてきた。

「ありのまま」について

で、少し分解して考えてみる。

「ありのまま」について。先の記事のはてなブックマークのコメントに「ありのままと言うのは価値判断を含めないということか?」というのを頂いていたが、「価値判断を含めない」ということは不可能だと考えています。

ブログが人の行動の記録だとすれば、それは価値判断の記録とも言えるはずで、だから「価値判断を含めない」ということが「完全に中立である」というような意味だとすれば、それは不可能だと。

ただ、自分がどのような材料によって判断したか、他にどのような材料があったか、反対意見は存在したか、判断の結果どうなったか、などの事実をできるだけ客観的に観察し記録しようとする姿勢や、自分の思考を絶対のものと考えず自分の偏向に自覚的であること、いうのはできるはずで、そういった意味で「自分の言葉は自分の主観から出るものにすぎないことを自覚しつつ、できるだけ全ての情報を伝えようとする姿勢」といった意味で「ありのまま」と使っています。

「匿名で」について

時代劇によくある、人助けをした人が名前を聞かれて「名乗るほどの者ではございません」と応える、という姿から感じられる余裕にあこがれる。

この台詞が出てくる背景として、2つほど考えている。ひとつは、自分の価値を評価し給料を払う相手は別にいて、その相手に名前を売る必要がないから、というもの。現代でいえば公務員とか会社員など。

もうひとつは、その善行はその場にいる人なら誰でも自然に行うであろうことで、今回はたまたま自分がやったけれど、別に自分でないとできないことではない、といった謙遜の気持ちによるもの。

職業ブログでいえば、「ある○○の日記」みたいな、「俺が俺が」という押しつけがましさのない、この世代にこの職業に就いている者のひとりとして、クールに記録を残すためのブログが良いなと思っていた。

で、その後さらにブログを見ていると、ネット上で匿名で活動するか否かは、社会においてどのような立場にいてどういうアイデンティティを持っているのかと密接に関係していて、それがあらゆる業界に当てはまることがよく分かった。経営者や個人事業者は実名が多く、会社員・公務員などは匿名(特定のハンドルネームで識別できる、いわゆる「顕名」含め)が多い。

組織に属していて実名という人は、学生や無所属の時代から活動を続けている人か、何らかの機会にやったるで! みたいな独立心のある人が多いようだ。「ブログをやってると転職・独立する」という以前からある話は、ある点でニワトリと卵の話になって、現在の仕事に全く不満がなければその仕事に密接したブログ名やハンドル名になり、そうでなければあまり関係のないハンドル名や野心的なブログ名になる(「キャズムを超えろ!」とか)、のかもしれない。これはやや余談。

ブログはイコール「良いこと」ではない。名前を出す、出さないは表現手法のひとつと考えられる。ブロガーとして実名か匿名か(それとも顕名か)というのと、ブログの内容がどうであるか、自分の売り込みばかりなのか、その仕事についてありのままに伝えていこうという試みであるのか、といったのとは別に関係ない。

なので「匿名で」の部分はカットしておこう。ありのままを伝えるブログが増えたら良い。

実名匿名論に関してはここ最近で考えさせられるネタがいくつかあったので、また別の機会に触れたい。また「ありのままを伝える」ことは、きっと誰でも簡単にできることではないと思われるので、こちらについてもまた考察してみたい。

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