匿名で「ありのまま」のことを書くブログが増えたら良い  

はたらく人のブログを読もう—社会科見学ブログ(覚え方は「オー・シー・ゴト・ドットコム」)の関係で仕事論的な本をいくつか拾い読みした中で、こちらの本。

14歳からの仕事道 (よりみちパン!セ)14歳からの仕事道 (よりみちパン!セ)
玄田 有史

理論社 2005-02
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全体的にはちょっと抽象的すぎるような気もしましたが、という書評ははさておき、我が意を得たり! と思う一節があったのでこちらに紹介を。

これまで大人たちはあまりにも、自分たちのやってきたこと、ささやかな誇りを持って何に向かって働いてきたのかということを、若い人たちに伝えてこなかったんじゃないかと私は思います。自慢話ではなく、ありのままにストレートに、自分の仕事について、語ってくれる大人の姿は、きっといつまでも心のなかに残るはずです。
(玄田有史「14歳の仕事術」p.56より)

もうひとつ。

KKKのような装束を見つけて驚いたことがある。理由を探ったのだが、善行は匿名でするということが起源で、異様に見える装束も逆の起源があったようだ。つまり、匿名とは善行を隠すためのもの、というのが西洋史的には原義に近い。
極東ブログ: 支出の倫理

「匿名」で、「仕事のことをありのままにストレートに語る」ブログって大事だなあ、というのが、最近の強い実感となっている。

上記オーシーゴト・ドットコム(ocgoto.com)で紹介するために職業ブログを読んでいると、匿名で、ありのままのことを適切なバランス感覚(ここが難しい、たぶん)で書いてくれるブログは、その仕事について知る非常に貴重な資料だなあ、と実感する。

IT業界周辺では高リテラシーな人が多いので多少雰囲気は違うのだけども、実名で平均以上の活躍をしている(と書かれている)職業ブログには、一歩間違うと「売り込み」のいやらしさが漂う。前向き・積極的な話題ばかりを出し、そうでないことは一切書かないブログには、ある種の危険を感じてしまう。

匿名ならば「売り込み」のいやらしさは漂いにくい。そして、ネガティブなことも対象を特定せずに書けるから、周囲に迷惑をかける心配が少ない。とはいえ、必要ならばいつでも実名を明かす、という覚悟と内容への配慮は必要だろう。脱線。

実際には、匿名のブログには愚痴っぽいものも多い。愚痴ならまだ良くて、いちばん怖いのは「大変だけどがんばろう!」的な無理にポジティブにした記事が続き、更新間隔がだんだん空いて、やがてぷっつりと止まってしまっているもの。それが例えば非正規雇用者だったり新人の人だったりすると、ブログだけでなくキャリアもぷっつり途切れてしまっているのでは……? と心配になる。それも含めて「(ブログで表現される)ありのまま」だよな、と考えることもできるわけですが。

ありのままを書くこと、ありのままを書ける自分の精神状態を保つこと、というのはたぶんとても難しく、そもそもの仕事に向かう姿勢のようなものから考えなくてはならない。また、匿名で書けるということは、ブログで「売り込み」をしなくても生活が成り立っていて、現状に満足している、ということも必要だろう。

もっともこの「書ける姿勢」論にはニワトリとタマゴな面もあって、いやな仕事でもブログに書こうと「よかった探し」をすることで仕事の良い面を発見して好きになったり、最近愚痴っぽいなーとブログを読み返すことで問題点を発見し、解決の糸口になったり、という面もあると考えられる。

ちょっとキーワードが錯綜してしまったので整理する。

  • 「匿名」で「ありのままを書く」ブログが増えたらいい
  • これは難しいことかもしれないが、「できないからやらない」というものではなく、最初は誰しもできないけれど、それを目指しながらだんだん身につけていく、という類のものだと思う

  • 匿名には、「功績」と「不必要な名誉」を分離する働きがある……ということか

  • 「物心共に豊かだからこそ匿名で書ける」という状態が存在する
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