「よい子」mixiの転落。今後のブランド戦略は?

バカネタはさておき、今回のmixi規約騒動で気になる点を。

なぜやってしまったのか?

いくつかのブログで指摘されているように、3、4年前ぐらいにあちこちで起きた「ブログサービスの規約騒動」と同じ轍を、なぜ今回ここまできれいにに踏んだのか? という点が気になる。

ユーザー心理を分かっている人材がいないとか人材はいても適切に力を発揮できる位置にいないとか、そういう分かりやすい理由の可能性もあるけど、わりとあり得そうに思う仮説として、当時の騒動に「俺たちは違う」と思ってたんじゃね? というのがある。

サービス開始と同時にトラブったgoo ブログ、当時の社長のイメージもあってどことなくダーティなイメージだったlivedoorブログなどと比べて、mixiはスタート当初から「明るくて安心できる、居心地のいいSNS(デザインもかわいいし)」といったきわめてプラスな「よい子」イメージで受け入れられ、そのイメージはユーザー増を後押しもしたと思う。

SNSもブログも同じCGMサービスだったけども、当時の(ちょうど立ち上げ前後の)mixiスタッフの意識に「自分たちのサービスはあれらブログサービスとは違う」みたいな対岸の火事的意識があって、今回の規約改定にあたって過去の事例に学ぶことができなかったのだとしたら、それをまさに他山の石としなくては。

なぜ派手に叩かれるのか?

元々「よい子」イメージだったから、冷静に考えるとそれほど大きなものでない失点が大きな失点に感じられやすくなっているのではないか。成績優秀品行方正なクラス委員長が一度の失態でクラスでの居場所を失い、逆に不良少年がちょっといいことをしただけでヒーローになるような、そういう認識を人はしがちであるので。

2005年末頃まで、mixiはいい人たちが集まる性善説コミュニティの代表のひとつとして扱われてきた。「ユーザーを信頼する」Web2.0の理念を具現化したサービスだともてはやされてきた。ちょうど、2ちゃんねるという分かりやすい悪役がいたのも、mixiを相対的に良いものに見せるのに役立ったかもしれない。

でも、そういった論調は2006年半ば頃から変わり始める。何があったんだっけ? 平塚の事件があったのが2006年5月。はてなダイアリーに「mixi疲れ」というキーワードができたのは同年の7月。このブログを読み返してみると、同じく2006年の6月に「mixi=ハムスターの回り車説」という話を書いてた。ここらへんから、mixi疲れたとかもうやめたとかキモいとかいう話がブログ界全体で増えていった気がする。それまでの反動も加わったかのような勢いで。

元々の「よい子」イメージとのギャップだけが原因と言いたいわけではないが、そうした理由は多分にあると思うし、だとすると、最初に「よい子」イメージで売り出すのは損だなあと思う。そして一方で、こ「よい子」イメージを維持したかったため方向転換できなかったのか、それとも無邪気かつ無根拠にそうなってただけなのかは分からないが、ユーザーの善意に期待しすぎたシステムを続けすぎたんじゃないかなと思う。

で、だとすると、ここまで落ちた「よい子」mixiのブランド戦略(信頼&人気回復のための戦略)は、どんなものがあるんだろうか? それは何かやっちまって学校行きたくなくなってる元クラス委員長にも参考になるものだろうか? という点がとても気になっています。

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