「ひとの気持ちを考える」から「空気を読む」へ変わる時代の空気  

小さい頃「ひとの気持ちを考えて行動しろ」的なことをよく言われた。今どきの子どもも先生に言われるんだろうか? ひとの気持ちを考えることの難度は、ライフスタイルや価値観の多様化を受けてうなぎ登りに上がっていると思うが……。

近年では、この「ひとの気持ちを考える」に代わって「空気を読む」という言葉が使われているが、この2つの言葉は似ているようで、決定的な違いがある。

気持ち=自分のもの 空気=誰のものでもない

「ひとの気持ち」は各自に固有のものであり、対象によって正解・不正解が確実に判断できる。

一方で「空気」とは場を共有するみんなのもので、言い換えれば誰のものでもなくて、正解・不正解を個人の判断で決めることが難しい。発言力のある者が「ここの空気はこうなんだよ」とすることで、皆を無理矢理納得させられる。

つまり、ちと嫌な見方をすると、恋愛指南書を書こうとして「女の子の気持ち」について画一的な解説をするのが難しくなってきているが(当の女の子が目を通して全然違うーと否定されたら形無しである)、「空気」という言葉によって「こういうシチュエーションの空気(お約束)はこう」という語り方をすれば、主観的な根拠だけでは否定しがたい。

だから「空気」を使うメディアが増えてる! 俺たちは踊らされているんだ! という指摘は飛躍しすぎだしさすがにピント外れな気がしているが、何かこの「気持ちを読む(考える)」→「空気を読む」という変化には重大なものが隠れている気がしている。さっき思っただけなのでこれ以上の考察はないのですが……。

コミュニケーションの予測市場化

ひとの気持ちを読むというのは、ワンツーワンの取引だと考えられる。その面だけでいえば当たるか当たらないか(コミュニケーションとしては、届くか届かないか、といったレイヤーもあるだろう)。

一方で空気を読むというのは、要はコミュニケーションの予測市場化(集合知化?)……と探してみたら、2005年12月時点で語られてた。

予測市場化することで何が変わるのか、理解していない。「鉄板病」との関連も考えられそうだ。

予測市場関連ではこんな話もあるか。

これは、Yahooユーザーが「自分はどの映画が好きか」を元に投票する仕組みよりも、HSXユーザーが「どの映画が賞を取りそうか」を予測して取引を行う仕組みの方が物事を予測する能力が高いという事だと思います。
予測市場で要望を吸い上げる2 - jkondoの日記

この後「美人投票理論」という言葉が登場して、

ケインズは「玄人筋の行う投資は、投票者が100枚の写真の中から美人への投票する際、最も投票が多い選択肢に投票した投票者に賞品を与える新聞投票に見立てることができるとした。この場合、投票者は自分自身が美人と思う人へ投票するのではなく、平均的に美人と思われる人へ投票するようになる」と金融市場への投資を美人投票に例えた。
美人投票 - Wikipedia

なるほど。自分の主観的判断よりも、他者の判断(予測)を重視して行動するようになると。まさに鉄板病。

なお、もちろん「空気」という概念は別段新しいものではない。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
山本 七平

文芸春秋 1983-01
売り上げランキング : 1988

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「ひとの気持ち」を理解できるようになるために、ログの残るネットというのは良い練習の場だと思う、という話を考えていたんだけど途中からKYの話との関連が気になってしまったので、とりあえず。

  • 次の記事 »
  • Clip to Evernote
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • « 前の記事