「シャンドライの恋」が結んだ2人:インターネットを通じての恋愛・結婚(後編)  

前編から続く)

お父さんの単身赴任がきっかけで、東京で会うことに

2人の関係が少し進展したのは、智子さんのお父さんが横浜に単身赴任したのがきっかけだった。

お父さんに会いに行くついでに「会いませんか」と智子さんから誘い、2人は会うことになる。2002年のことだった。この時、付き合うことになるかも? といった予感や期待は特になく、ただ「近くに行くから、ついでに会ってみようかなと思って」というだけだった。

本名や携帯電話の番号を交換し、渋谷で待ち合わせて映画を観ることになった。そのとき、運悪く智子さんの乗った電車がトラブルを起こし、待ち合わせに間に合わなくなってしまう。その連絡を受けたとき、重久さんはすでに渋谷駅にいたのだが、そういえばお腹が空いたな……と思った。

急いで待ち合わせの改札口に駆けつけた智子さんは、改札前の売店でパンを頬張っている重久さんと目が合った。ふたりの初対面は、そんな感じだったそうだ。

その後は、予定どおりに映画を観て、普通に別れた。そのときに観た作品は「ふたつの時、ふたりの時間」。特に何もなかったのは予定どおりのことで、特にパンがどうだったということは、なかった、らしい。

ネットで知り合った人と実際に会うときには、それまで抱いていたイメージと実際の人物との間にギャップを感じてしまうことも多いものだが、智子さんによると、重久さんの初対面の印象は「ホームページのトップにあった似顔絵のイメージ通りで、違和感ありませんでした」。その似顔絵も、学校の授業で(自己紹介のホームページだったので)描いたものだった。ちなみに、その似顔絵を見たいと頼んだのだが、ディスククラッシュで紛失してしまったとのことで、見せてもらえなかった。

Web製作を仕事にする

学校の授業ではホームページを作るのを「ぜんぜん面白いと思わなかったんですが……」という重久さんだが、趣味のサイトを続けていくうち、Web制作が面白いと感じるようになっていく。

Webの仕事をしよう、という目標を決めた重久さんは、2003年から派遣社員としてWeb制作の仕事に就き、その後多少の回り道をしつつも、その派遣先の関連企業に契約社員として入社した。現在は制作チームを統括するディレクターとして活躍している。

「じゃあ、一緒に住む?」

いちど会ってからの重久さんと智子さんは相変わらず、途切れず進展せず、のスローペースな付き合いが続いた。智子さんは重久さんのサイトから近況を知っていて、時々メールをする。そして、たまに機会があったら会って映画を観たり、食事をしたり、といった関係。一般的にはそれを「デート」と呼ぶのではないかと思うのだが、当人間では、そういう意識はなかったという。

2人が明確に付き合うことを意識したのは、2005年になってのこと。智子さんの東京行きや重久さんの関西出張が重なって頻繁に顔を合わせる時期ができた。その頃にはいつのまにか、連絡手段は携帯メールが主になり、やりとりのペースも上がっていた。

大阪のとあるレストランで食事をしていた時、智子さんは自分の将来について、相談半分。愚痴半分で話していた。

智子さんは大学を卒業してお母さんの仕事の手伝いをしていたが、家を出て一人暮らしをしたいと考えている。でもお金がない。仕事を変えて東京に行くのもいいかな……。

といった話を聞いて、重久さんは「じゃあ、一緒に住む?」と言った。

大胆な告白! だが、その場の空気としては大胆なことを言った感じではなく「いやあ、ごく自然な流れで、当たり前な感じで言ったんですよ」と、重久さんはサラリと言った。智子さんも頷いた。

「付き合っている」と確認し合わなくても、近くに行くたびに会うという関係は明らかに特別なものだ。お互いに、感情の下地のようなものは十分できていたのだろう。

智子さんはその場ではイエスともノーとも答えなかったが、帰ってからあらためて、重久さんについてじっくりと考えたという。「(重久さんについて)身近な存在として考えるようになって……、悪い人じゃないなあと思いました」。

後日、2人は話し合った結果、付き合いましょう、結婚を前提として付き合って、東京で一緒に住みましょう、と決めた。ただし、いきなり家を出たり同棲するのでなく、結婚に向けて普通の手順を踏み、互いの両親の理解も得たうえで、そのようにしましょうと。

智子さんはまず、横浜のお父さんと同居するようになった。お父さんに重久さんのことを話すと、はじめは「ネットで知り合った」という相手に「何だそれは?」と、否定的な反応をされた。だが何度となく3人で会い、話すうちに重久さんについて理解し、結婚も納得してくれた。2006年の1月に初めて重久さんはお父さんと会い、その年の5月に入籍。それまでのスローペースを巻き返すかのようなハイペースだった。

重久さんは現在、映画のサイトよりも、自分が所属するバスケットボールチームのサイトの管理に時間を取られているという。メンバー募集や練習試合の相手募集をしているので、同じ趣味をお持ちの方はサイトを見たことがあるかもしれない。

智子さんのような形でネットで知り合った人と会うのは「最初で最後ですね」と重久さんは言う。もちろんバスケットボール仲間として、だと話は別だろうが。

一方で智子さんは、パソコンを始めたばかりの頃に「ご近所さんをさがせ」というサイトを利用して、数人と会ったことがあるそうだ。が、これといって頻繁に会うような仲にはならなかった。重久さんだけが、なぜか特別だった。


恋愛・結婚の形はネットでもリアルでも千差万別、十人十色です。今回のエピソードは、そうした中のひとつのケースといえるものです。

インターネットで恋愛・結婚といえば「出会い系サイト」をまず思い浮かべる人が多いでしょう。とはいえ出会い系サイトが全てなわけでは当然なく、今回の重久さんと智子さんのように、共通の趣味などを通じて知り合い、コミュニケーションをしていく中で、結果として結婚に至った、というケースもあります。

ネットを通じた恋愛の話をそれほど多く知っているわけではありませんが、今回のエピソードは、出会い系サイトのような「恋愛のためのサービス」を利用したのでなく、共通の趣味などを通じた出会いから恋愛・結婚に至るパターンの、ある程度典型的な一例なのではないかと思います。インターネットは多くの人と出会うチャンスがある一方、ひとつひとつの関係は細いものになってしまいがちです。そんな中でも、何か通じ合うものがあって不思議と続いていく関係がまれにあり、それを大事に育てていくことで、恋人や親友が得られることになるようです。

その「通じ合うもの」が何か、というのはまだよく分かりません。が、例えばメールを出す頻度とか、話題の選び方とか、会話のちょっとした癖(絵文字の使い方なんかも含めて)とか、そういった、リアル世界で言われる「人柄」に通じるさまざまなものが、ネットを通しても伝わるのだと思います。


ところで、ネットで知り合った同士が会うときにありがちな失敗に、「会う前の期待値が大きすぎて幻滅」というパターンがあります。

ネット上だけで恋愛感情が盛り上がりすぎてしまうよりも、重久さんと智子さんの場合もそうですが、最初は友達の一人として会ったとか、大勢のオフ会でたまたま会話したとかいうように、最初に会う段階では変に期待しすぎず、会った後もネット上で同じように関係を続けつつ距離を縮めていく人たちが、うまくいくケースが多いように思います。

※人名はいずれも仮名です

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