「シャンドライの恋」が結んだ2人:インターネットを通じての恋愛・結婚(前編)  

インターネットを通じて知り合った相手と恋愛し、結婚に至るということは、今やそれほど珍しいことではなくなりました。

とはいえ、そういう経験を持たない人からすれば、「なぜわざわざネットで知り合った相手と結婚しなければならないの? 周りにいい人はいなかったの?」とか、「どうして会ったこともない人に恋愛感情を持てるの?」など、理解に苦しむ点が多いだろうと思います。

おそらく過去の時代における「電話」なんかも同じだと思うのですが、目の前ですべての行為が行われるわけではない道具を通じた出来事というのは、当人や経験者以外には、なかなか理解しにくいものなのでしょう。

今回はインターネットを通じて知り合い、結婚したご夫婦に話を伺いました。ひとつの事例としてお読みいただければ、そして、同様の経験をしている親しい人の話を聞く機会があったり、これから自分がそのような経験をすることになったときに、何かしらの参考になれば幸いに思います。



授業で作った「自己紹介のホームページ」から始まった

「就職氷河期のど真ん中でしたね」と、重久さんは当時を振り返って苦笑した。1998年、ゲーム専門学校からゲームメーカーを目指して就職活動をしたが実らず、卒業後はフリーターとして生活することとなった。同級生でゲームメーカーに就職できたのは、わずかに1人だったという。

アルバイトを転々として暮らすかたわら、重久さんは趣味でホームページを作り始めた。HTMLは専門学校で習っていた。授業で作った「自己紹介のホームページ」をベースに、少しずつコンテンツを増やしていった。

メインのコンテンツは、自分が観た映画の感想。重久さんの好きな映画は、いわゆるミニシアター系と呼ばれるもので、メジャーではない作品が多い。サイトをリンク集に登録したりもせず(当時「SEO」という概念はなく、アクセスを増やすにはYahoo!のディレクトリなどリンク集への登録が最も有効だった)、存在を知っているのは仲の良い友達ぐらいという、こぢんまりとしたものだった。「(アクセスを増やそうとかは)特に考えていなかったですね。映画を観た記憶を整理するために、ホームページの形にしたかったので……」。

「シャンドライの恋」

1999年、神戸に住む大学生だった智子さんの家に、初めてパソコンがやってきた。学校でパソコンを使ったことはあったけれど、いくらでも自由に使える環境は初めて。嬉しくて。毎日いろんなサイトを探していた。

智子さんの趣味は映画鑑賞で、特に「ミニシアター系」と言われる作品が好き。よく映画の作品名で検索し、いろんな人の感想を読んでいた「自分が観た映画の、他の人が書いている感想を読むのが楽しくて。作品名で検索すると、いろんな人の感想が見つかるのが面白いですよね。あ、こんなふうに観た人もいるんだー、って気づくことがあったり」。

ある日、智子さんは「シャンドライの恋」という作品名で検索した。「シャンドライの恋」は 1998に公開されたイタリア映画で、政治活動をしていた夫が逮捕され、アフリカからイタリアに渡った主人公の黒人女性・シャンドライと、シャンドライが住み込みで働く屋敷の主人であるイタリア人音楽家・キンスキーとの関係を中心に描くイタリア映画だ。キンスキーはシャンドライに想いを寄せるようになるが、シャンドライの心にはずっと強い夫への想いがある。全編を通じて台詞は少なく、かわりに音楽が流れる。大ヒットこそしていないものの、どこの映画レビューサイトでも評価の高い作品だ。

検索で見つかったのは重久さんが書いた感想のページだった。重久さんは特にリンク集への登録などはしていなかったけれども、ロボット型検索エンジンにはクロールされていたわけだ。

初めてのメール

シャンドライの恋 DVD重久さんはキンスキーに感情移入しながら観ていた、切なかった、というような感想を書いていた。とくに深く掘り下げた批評でもないし、これといって技巧を駆使した文章でもない。でも、深く心打たれたことをシンプルに素直に表現した感想は、智子さんの気持ちのどこかを刺激したようだ。

重久さんの感想を読んで、智子さんは、そのホームページの作者(つまり重久さん)にメールを書きたくなった。顔を知らない他人にメールを出したのは、それが初めてのことだったという。

智子さんのメールは「私も観ました。よかったですねー」といった内容。ハンドルネームとして愛犬の名前を名乗っていた。重久さんも、メールありがとうございます、程度の返事を出した。

2人ともそれほど深く語り合いたいマニア気質ではなかったので、わりと会話はあっさりとしたものだった。インターネットの力によって共通の趣味を持つ2人が出会えたわけだが、この時点で、結婚に至るような特別な関係になる気配は全くなかった。

サイトで一方的に近況を知っている

サイトを運営していて、重久さんは智子さんのような読者からのメールを何度か受け取ったことがある。でも、いずれの場合も1、2回でメールのやりとりは途切れてしまったそうだ。ただ智子さんとの場合だけは、途切れなかった。

とはいえ、2人のメールのやりとりは極めてスローペース。数か月に1回、時には1年近くもインターバルがありながら、忘れた頃にメールが届く、という関係が続いた。間が開いたときにメールを出すのは、たいてい智子さんの方だったという。

一般に、メールのやりとりは手紙よりもスピード感が要求され、数週間とか数か月といった単位で間が開いてしまうと、どうも気まずくてメールを書きにくくなってしまうものだ。重久さんもそう思ってメールを書けないことが多かった。一方で智子さんは、そういうことを気にしなかった。

「こっちでは(サイトを見て)近況をいつも知っていますから、長い間連絡をしてないという感じがあまりなかったですね」と智子さん。メールの内容は、だいたい最近観た映画の話が中心。重久さんにとっては思い出した頃にメールが来る感じの、智子さんにとってはいつも見ている人にたまに声をかけるような感じのやりとりが、数年の間続いた。

重久さんは東京出身の東京在住で、智子さんは前述のように神戸。知り合っても気軽に会える距離ではない。このままメル友として永遠に続きそうな2人の関係は、ちょっとしたきっかけと思いつきから、新展開を迎える。

※人名はいずれも仮名です

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