「アルファブロガー」への視線  

アルファブロガーの生みの親が、悩める内心を吐露してらっしゃる。 アルファブロガーという言葉とWikipedia : tokuriki.com 便乗して、思うところをいくつか書いてみたい。テーマとしては次の2点があるのではないかと思う。 「アルファブロガー」がネットの人から揶揄・批...

アルファブロガーの生みの親が、悩める内心を吐露してらっしゃる。

アルファブロガーという言葉とWikipedia : tokuriki.com

便乗して、思うところをいくつか書いてみたい。テーマとしては次の2点があるのではないかと思う。

  • 「アルファブロガー」がネットの人から揶揄・批判等されているよ
  • 徳力さんの中での理想と現実のギャップ的なところ

アルファブロガーを「探して」、「知らしめる」ことの半分しかやってないのでは?

こちらのインタビュー記事に、こう書かれている。

アルファブロガーを探せ」のコンセプトはその名の通り、“アルファブロガー”を探し、世に知らしめることにあった。
Business Media 誠:目指せ、ブログ界の芥川賞——アルファブロガー・アワード2007

でも実際のところ、2004年〜2006年のアルファブロガー企画って前者(探す)しかやってないんじゃなかろうか。そういう意味でいえば、止めどきの活動だとは考えられないんじゃないだろうか。

その点、先日の毎日.jpに載った小飼弾さんのインタビューが2つの意味ですばらしいと思った。

ひとつは「アルファブロガー」が一般メディア上でブロガーとしてブログを語り、「知らしめ」られている点。もうひとつは、その「アルファブロガー」なるものに対する考え方が、非常に納得できる点。

私は「日経が取り上げる銘柄」みたいな機能を目指せと(アワード2007運営事務局の)徳力(基彦)さんには言いましたけどね。やはり、基準となるメニューは、いつの時代でもどこの世界でも必要だと思うんですよね。
アルファブロガーに聞く ~第1回 小飼弾さん  - 毎日jp(毎日新聞)

こういう考えはとてもいいと思う。「ブログってのが一体なんぼのもんなの?」という人たちに対して推薦できる質の高いブロガーのリスト、というのがアルファブロガーであるべきで、つまり「アルファブロガー」というのは、いわゆるブログスフィアの外からの視線を意識して存在すべきものなんだと思う。

だから、ネットの人からぐじゃぐじゃ言われることについては、それほど気にしなくていいように思う。ちと大胆な言い方をしてしまえば、アルファブロガーというのは狭い「ブログスフィア」に君臨するチャンピオンとして存在しているわけでなく、ブログを知らない、ブログにあまり良い印象を持っていない人に「ブロガーとはこういう優れた人たちです」とアピールするものだ(または、するものになって欲しい)と思うので。

だからといって、世間ウケはいいけどネットの人には総スカンなんて状態では困るわけでですが。とはいえ、そんなところを心配する暇があったら前に進むことを考えた方が良いわけで省略。

影響力のあるブロガーを発掘→彼らをエンパワーメント→ブログスフィア全体の影響力が増す

徳力さんとは2、3度ほどお会いしたことがあるが、そうした場面での会話では実に良いことをおっしゃる。現在AMNに所属する徳力さんの基本的な思考というのは、

  • 影響力のあるブロガーを発掘し
  • 彼らを(AMNとして支援することで)エンパワーメントし
  • 結果、ブログというメディア全体の力を上げて
  • ブロガーがブログを書くことのインセンティブを上げ
  • ブログを書く人がさらに増えて
  • 新たな影響力のあるブロガーが…(繰り返し)

てなところかなと理解しているんだけども、AMN自体がまだ広告代理店的な活動しかできていなくて(と見ている。全体を知っていわけではないが)、そこがまた「嫌儲」的な目で見られたりしているのが現状だと思う。

ブログのインセンティブというのは金だけではないし、エンパワーメントのしかたも経済的なものだけではないわけで、ブログで新しい思考法を手に入れたとか、人脈の作り方が変わってきたとかいうようなことなんかを、アルファブロガーやその周辺の人たちが一般に向けて語っていったり、手を動かせる部分があればやっていくことが大事なんだろうなと思っている。

ただ、個人的にアルファブロガー投票企画を始めたのは、純粋に個人の興味からでしたし、アルファブロガー的にブログを書いてくれる人が増えてくれると良いなーと妄想していたからで。
今もその妄想は変わっていません。
アルファブロガーという言葉とWikipedia : tokuriki.com

「妄想」なんて言い方をされているが、こういう理想を、ボランタリーベースよりもより上手く実現するためにAMNで活動されているのだと思うので。

ところが、こうしたメッセージはAMNのブログからも徳力さん個人のブログからも、あまり伝わってくる感じではない。ライフステージや仕事の変化から、ブログとの関わりや立ち位置に変化が生じるとき、どういうふうにメッセージの内容や出し方を変えていくか、というのは、ブログに入れ込んでその周辺を仕事にしてきた人にとって、わりと大事なテーマになってくるんじゃないかと思う。

※いくつか補足

  • 当人だからこそ書けることと、他人だから書けることってある。おそらく、本人が言いよどんでいることを他者がなんかフォローする、みたいな活動ってわりと大事なんじゃないかと思っている。そういうオプションも込みで「どういうふうにメッセージに内容や出し方を変えていくか」かなと
  • 徳力さんが引用されている「社会問題となりうる虚偽に満ちたブログも含まれている」というのはかなり難しい問題だと思っている。ブロガー=本人とは限らず、仮想人格的なものであったり、本人の属性の一部が隠されていたりする場合も当然ある。「ブロガーとしては素晴らしいが、本人の(ブロガーとしては隠されていた)一部が問題」ということが発覚したとき、それをどうするか、というコンセンサスはないし、どうしてもスキャンダルだわーい的騒ぎになってしまうだろう。そこについては、なんか免責ぽいものを設けておくか(あくまでブロガーとしての活動しか見てませんから、とか)、ケースバイケースでがっつり受け止めてがんばるか、ってあたり