奥ゆかしさは伝わらないし、伝えたければ何かしらの声を上げるしかない  

ちょろっとメモしただけのエントリー「「沈黙」や「無視」の可視化」に思いのほか反応があったので、少し補足しておきたい。

気になる論点はこちら(↓)のような「読んだけどスルー」をソーシャルメディア上でどう表明するか、てなところですが、

スルーした、という事を - 煩悩是道場

ちょっと具体例を挙げつつ。

「カウンター7席しかない人気の焼鳥屋の口コミ」の場合

近所にある焼鳥屋はカウンター7席しかない小さな店。味は激ウマでいつでも混んでいて、下手に噂が広まると常連が店に入れなくなってしまう危険がある、てなシチュエーション。腕のいい医者の話なんかも同系統の話と思っている。

こういう店の話が急にはてブで盛りあがったら、どうすれば良いんだろうか。「何もしない」という選択肢以外にないと思う。あと、店のおやじさんに掛け合って「一見さんお断り」にしてもらうとか。やってくれるかどうかはおやじさん次第。

「人気エントリーに上がってたから読んだけど意外とつまんなかった」場合

「意外とつまんなかった」場合は、やはり「何もしない」のがベストと思う。

むしろマイナス面がある場合、みんなが「すごいワザだ」と言ってるけど実は違法(極端な例だが)だとか、みんな感動してるけど誰かのパクリだろ、みたいな場合には、声を上げてカウンターを出すべき。

「読んだけど(いたたまれない気分になったので、等の理由による)読まなかったことにしたい」という場合も、とりあえずは「何もしない」がベストだと思う。知的で奥ゆかしい何割かの人たちがスルーを選んだ一方で、多数の野次馬が喜んでブックマークしました、という事実を消す権利はないわけで。「こんなん読んで喜んでんじゃねえよ野次馬が!」的批判はできるので、後はそこらへんでがんばるしかないか。

読む(=クリックする)だけでプラス票になるシステムだったら、そこは取り消したいよねやっぱり→もしオオカミ少年の村にnewsingがあったら

本当に「読まなかったことにした」なら何も表明すべきではないわけで

そもそも、言葉どおりの意味での「読まなかったことにした」を表明することには矛盾があり(表明した時点で「読んだ」ことが知られる)、親しい人が「お前あのブログいつも読んでるはずなのに今回に限ってスルーだな」と気づく、ぐらいの範囲でしか伝わらないものなんだろう。一方で「ポーズとしての『読まなかったことにした』発言」はいろんなやり方があって、軽いDisとか立ち位置の表明として機能する。

皆はありがたがっているけど自分にはゼロかマイナスとしか評価できない、皆おかしいよ! ということであれば、そこは声を上げて、互いのベクトルで声を張り上げ合うのがWeb式であって、0に近づけていくようなアーキテクチャを志向するのは不毛なんだろうな、と改めて思った。

で、声の上げ方がものすごく難しくて、自分が「0」だと思ったものを皆は「100」だと思っている、という状況にカウンターをかまそうとすると、ついつい自分が思ってもいなかった「-100」あたりをぶつけることになってしまいがちで、それは全員にとって不幸だし、じゃあどうすればいいか、というのは意外なほどによく分らない。だから、それまでの逡巡や煩悶が全部無駄になってしまうような気がしつつも「読まなかったことに」して、何もしないことが多い私です。

追記:
2chの「sage」は「目立たせたくない」の実装の一例。

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