「沈黙」や「無視」の可視化
ちょっと違う方向から論を広げてしまうのだが、沈黙とWebとの関連が気になる。沈黙というのは、コミュニケーションにとってとても大切な要素だと思う。
広告β:ネタを吸い、沈黙を吐く
沈黙とはまた別に「無視を選択したこと」や「意図的に関わりを避けたこと」(単に無関心だったとか知らなかったのでなく:これらもある意味では「沈黙」だけど、ちょっとニュアンスは違うかなと)の可視化、というのもソーシャルメディアのアーキテクチャの課題かもしれない。newsingで○でも×でもない無評価ボタンもあれば良くね? というのと通じるか。
また「沈黙」の可視化だけでなく何を「沈黙」と認識するか、というのも面白い課題かもしれない。
「沈黙」が分かりやすいのはIMとかチャットのような同期型アーキテクチャだけども、例えばメールで、誰かに数か月ぶりにメールを送ったら、その数か月は「沈黙」として認識されるのかなと思う。その「沈黙」に変な意味を感じることなく、普通に会話が再会できる仲っていい。楽で。
Twitterの沈黙についてはよく分からないなあ。ネタを基本「放置」なのがTwitterの面白さなのかな、という気も。
- 2007.11.10
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