進学:ネットを通じて、受験生にリアルな美大生の声を届けたい――ムサビコム/ムサビ日記
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後になって、あの時にこんな知識があったら、こんなアドバイスを受けられていたら……などと思うことも多いと思います。そこで、受験生のためにインターネットで何か情報提供ができたら、という試みを行っているのが「ムサビコム」です。
リアルな美大生の声を届ける、大学公認の非公式サイト
東京都小平市にある武蔵野美術大学(通称:武蔵美、ムサビ)は「幅広い教養を備え、人格的にも優れた美術・デザインを中心とする造形各分野の専門家育成」を教育理念とし、日本画、油絵、建築、映像など11学科を運営。各界に人材を優れた多数輩出し続け、2009年には創立80周年を迎える、日本を代表する美術大学のひとつです。
そんな武蔵野美術大学に“公認の非公式サイト”である「ムサビコム」がオープンしたのは、2003年の6月でした。仕掛け人は、同大広報課の手羽イチロウさん。ムサビコムは、手羽さんの個人サイトという位置づけで(なんと、手羽さんが自腹で借りているレンタルサーバー上で)、5年目の今も運営されています。
学内のネットワーク管理をしていた経験もある手羽さんは、オフィシャルの「musabi.ac.jp」とは別に保有していたドメイン「musabi.com」を何かに使いたいと、2001年ごろから考えていました。musabi.ac.jpとは違うアプローチで、もっと軽めのことを、学生と一緒にやりたい、というイメージを持っていたそうです。
![]() 学校案内など受験生への情報提供媒体はありますが、ここにリアルな学生の声は載りません |
2003年といえば、まだブログがブームになる前。詳しい学生に日記用のCGIを探してもらい、新入生から執筆希望者を募り、学生4人の日記サイトとして「ムサビコム」はスタートしました(ちなみに、このときに使われた日記用CGIは当時私が配布していたもので、その関係で私はムサビ日記の存在を知りました)。
その後、全学生から参加希望者を受付て次々とメンバーが増え、2007年10現在には学生・院生・職員を含めて28人が日記を書いています。新たな参加希望者も多い中、一部の学科・学年を除いては、現メンバーの欠員待ちという状態になっています。
不安な受験生時代、検索していてムサビコムに辿り着く
2007年はムサビコムにとって、大きな節目となった年だといえるでしょう。春には、2003年の開設当時に1年生だった学生が卒業し、ひとつのサイクルが完結した感があります。また、7月には書籍になった「ムサビ日記」が大学の出版局から発行になりました。
「昨年くらいから『ムサビ日記を読んでいました』という新入生が入学直後に参加希望をくれるようになりました」と手羽さん。取材時にお会いした現ムサビ日記メンバーの「みちくさとりこ」さん(芸術文化学科2年)と「四輪駆動」さん(油絵学科2年)の2人も、受験生時代にムサビ日記を読んでいたそうです。
「美大の受験はどういう雰囲気なのか分からない、という不安があって、『美大 受験』とーいったキーワードで検索したりして、情報を必死で探していました。そうやって見つけた中でもムサビ日記がいちばん詳しく書いてあって、よく読んでいました(四輪駆動さん)」
ムサビ日記は「美大を目指す受験生にリアルな美大生の日常を届ける」ことを目的としていますから、この点はぬかりなく、毎年受験シーズンになると手羽さんがメンバーに「受験の思い出話」をリクエストするなど、たくさんの情報を発信しています。
みちくさとりこさんも、自分の志望学科である「芸術文化学科」について詳しく知りたくて検索し、同じ学科の先輩である小春さん(2006年に卒業)たちの日記にたどり着いたそうです。
当時読んでいたムサビ日記の中で、みちくさとりこさんが最も印象的だったのは珍念さん(2005年卒業)の「カッターを持ち歩いていたところを軽犯罪法違反で捕まった(参照)」という日記。当時は自分もデッサンの道具としてカッターを持ち歩いていたので、ムサビの学生という存在がすごく身近に感じられた、のだそうです。
受験生時代にムサビ日記を読んでいた学生が、今度は書く側に
ムサビ日記を読みながらムサビに入学した2人のうち、四輪駆動さんは入学してすぐにムサビ日記への参加を希望し、1年生のときから書き始めました。みちくさとりこさんは少し慎重派で、2年生になってから参加しています。「去年(2006年)あたりから『高校時代にムサビ日記を読んでいました』という人が来るようになりましたね(手羽さん)」と、ムサビ日記第二世代というべきメンバーが増えているようです。
手羽さんは、同じ時期から日記の書き方も変わってきたと言います。普通の、この記事のような文章の書き方と違い、私が独自に「眞鍋文体(初代ブログの女王である、眞鍋かをりさんのブログにも見られる特徴なので)」と呼んでいるブログの書き方があって、それは、次のような特徴を持っています。
- 太字、色変えなどの文字修飾、顔文字を利用
- ブラウザの自動改行に任せず、短い行ごとに自分で改行
- 空行が多い
いわゆる普通の文章に慣れている方は違和感を覚えるでしょうし、「乱れた日本語だ」と感じる方もいるかもしれません。でも、こうした書き方は、閲覧メディア(=ブラウザや携帯電話)に最適化する、という意味では非常に優れているのです。
Webページでは横1行がやたらと長く表示されてしまうことがありますが、これは非常に目が疲れます。横+縦で視線の移動が大きくなってしまうし、改行が追いにくいのも原因です。でも、短い行ごとに自分で改行を入れていれば、目の疲れる原因を減らせます。
また、ブラウザは基本的に下にスクロールしながら読むものですが、スクロールの動きに合わせて空行で「間」を作る(例えば場面転換で3ぐらい空ける、オチの前に10行ぐらい空けて「タメ」を作るなど)ことによって、いいリズムができます。
文字修飾の利用もリズムを作ると同時に、筆者が読んでほしいポイントに目を留めさせ、流して読むだけでだいたいの内容が分かるようにします。顔文字は、言葉だけでは伝えきれない感情や、書き手のセンスを伝えます。
このように、「眞鍋文体」はブラウザや携帯電話という閲覧メディアに最適化された、優れた方式であると言えます。
2人の中では四輪駆動さんの日記は「眞鍋文体」に近く、みちくさとりこさんの日記は「普通」の形に近いです。四輪駆動さんは「自分は問題児として(笑)、こういう書き方をしたかったんです」と、こういう新しいスタイルを取り入れることで、キャラクター作りや若い読者にとって親しみやすい書き方を意識しているそうです。
保護者から「うちの子が学校でどんなことをしているか分かった」という声も
![]() ムサビ猫 |
「(ムサビ日記を始めて)ある段階で、学内の職員や学生も、意外と学校のことを知らない、ということに気づきました。なので視点を広げて、学生たちにも『もっと自分の学校を好きになったら?』というメッセージを書くようにしています。私自身、ファインアート系の学科は分かっていましたが、デザイン系でどんなことやっているかはよく知りませんでした。でも、多くの学科の学生たちがムサビ日記を書いてくれて、それを読むようになってから、全学科でどんな授業をやっているの把握できるようになりました(手羽さん)」
保護者の方から「自分の子どもは学校の話をあまりしないけど、ムサビ日記のおかげで学校でどんなことをしているか分かった」という声もあるそうです。以前には年配の女性から大学に電話がかかってきて「ムサビ日記を印刷したい。印刷方法を教えてほしい」と聞かれたこともあったとか。また、オープンキャンパスで「手羽さんのファン」という高校生がいると先生仲間から紹介される、なんてことも。
四輪駆動さんは1年生のころ、絵を描くのが楽しく感じられず、悩んだことがあったそうです。「でも、ムサビ日記では受験生のためと思って、良いところを選んで書いていました。私の日記は、自分みたいな(自分とどこか共通点を持った)人に向けて……、という気持ちで書いているんですけど、去年の日記を読み返して、改めてムサビが楽しいということに気づくことがあります」。
みちくさとりこさんは、今から「卒業したときのことを考えて書いている」と言います。「毎日欠かさず書き続けています。(2年生からの)ムサビの3年間が残っていて、読み返せるってすごいことだと思うんです。まとめて読み返したときどんな感じなんだろうと思いながら、振り返るために書いています」。
ムサビ日記の内容はノーチェック
ところで、ムサビ日記の内容は全くのノーチェックです。日記を始めるときに一定の条件は伝えるものの、記事ごとに内容をチェックすることはなく、学生に任せています。とはいえ、「ムサビ日記はバックに『ムサビ』があるので……(みちくさとりこさん)」と、「ムサビ」の看板を背負っているからそれなりの内容を書こう、という意識は全員にあるようです。
具体的な規制を設けず、一種の紳士協定的な状態でうまく運営されている理由には、現在のムサビ日記の規模(学科あたり4人まで、という少人数しか参加できないので、「自分が代表」という意識が働くでしょう)や、「兄貴」的存在の手羽さんが自ら率先してブログを書き、見本となっていること、などがあるのでしょう。また、武蔵野美術大学の校風によるところも大きいと思われ、他の組織・学校が簡単にまねられるものではないと思います。
2007年7月に武蔵野美術大学出版局から「ムサビ日記」が発売になりましたが、非公式サイトが書籍化されて、大学の承認を受け、大学の出版局から出るのは、きわめて異例なことだそうです(手羽さん談)。個人的には「口は出さずに金は出す」という立派な姿勢だなあと、感心しています。書籍版「ムサビ日記」は、2006度の全員の日記から記事を選り抜き、手羽さんが注釈を加えた内容となっています。
※今回本文中に登場した方は、すべてハンドルネーム(ネット上での活動のために名乗る仮名)です。卒業された方の日記は現在閉鎖されています。
- 2007.11.07
- [人生の岐路にインターネット]
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