ファッションのCGM化と模倣性
これは、言ってみれば「ファッションのCGM化」ということだろう。プロが作るファッションよりも、ストリートスナップに載るファッションの方が「リアルで楽しい」という話。
いつのまにかストリートスナップは、日本のファッション雑誌各誌の定番人気コンテンツと化しました。プロの編集員が書いたり、ファッション企業が流行を作り出そうと仕掛けてくる本編記事よりも、ストリートスナップコーナーを眺めている方がリアルで楽しいと思うのは、私だけでしょうか?
ファッション流通ブログde業界関心事 : ファッションビジネスの常識を逆回転させる?ストリートスナップの魅力
死すらも模倣する「社会的証明」
もういっちょ「影響力の武器」から引くが、人は、周囲の人間が取っている行動を参考に自分の行動を決める(社会的証明:大勢のやっていることは正しいと思いこむ)ことがあり、特に、自分と属性(年齢、性別、人種、服装、etc.)が似た人の模倣をしがちであるという。
この「属性が似た他者の模倣」というのはきわめて強力で、極端な例では自殺のニュースがあった後に自殺が増える、というように、死に至るレベルまでの模倣が行われることもあるのだとか(参考:ウェルテル症候群)。にわかには信じがたい話だが、「影響力の武器」内にはいくつかのデータや参考資料へのポインタも示されている。興味のある方はそちらもどうぞ。
CGMの隆盛=「模倣の力」の隆盛?
この「模倣」というのは、人間が社会的生活を営むために、理にかなったものではある。
皆が盛り上がってる場では自分もテンション上げるとか、皆がガマンしてたら自分もガマンするとか、シンパシーを感じてる人が好きになったものを自分もちょっと好きになってみるとか、といったことも意味があると思う。
また、ブラウン管の向こうの超絶美形でお金持ちなタレントがやってることより、友人や、より身近な存在と認識できる一般人の模倣をしたくなる、ということも、そういう流れで考えれば自然なことなんだろう。
もしかすると、いつのまにか、欲望の編集力において、プロフェッショナルはリアルなストリートユーザーに追い越されてしまったのかもしれない。
もしかするとこれからは、セレクトショップのような「リアルカリスマユーザー」が、いくつかに分かれたクラスターの中で、消費を引っ張っていくのかもしれない。
広告β:幻想の落とし前
だとすると、プロのファッションよりストリートスナップの方を「リアルで面白い」と感じるのは、どっちが良い、上手だ、というよりも「人間ってそういう(属性が近い人の模倣をしたがる)ものだから」という話になる。
模倣+αの要素
「模倣」への気づき、手の届かないアイドルよりもちょっと手を伸ばせば届きそうな、身近なアイドル、みたいな話というのは相当前から言われてきた話ではある。
ファッションに関していえば、東京のストリートファッション世界のトップレベルのものと比べても遜色のないレベルになってきたこととか、諸々の条件があってのことだとは思う。読者から貴重なお金と時間をいただくメディアならではの要素はあるはずで、単純に「メディアが模倣させることしか考えなくなってきた」みたいな話ではないだろう。
参考:
このあたり、CGMマーケティングを考えるにあたっても参考になる要素は多いと思う。これまで、CGMは「個々のユーザーが持つニッチなニーズに沿いやすいこと」が魅力であると考えていたけども、この「模倣」という点から、新しい意味づけができそうだ。
読者モデルやカリスマ店員=アルファブロガー、その他の「影響力の武器」という話も、意外とされていないようなので、もう少し掘ってみたい。
関連ネタ:
※今回のネタは、かなりの部分を「はてなブックマーク - 広告βのたまご(ゆっくり孵化)」さんからいただきました。
当ブログの関連記事:
- 2007.08.29
- [コミュニケーションの話(ソーシャルメディア、社会の話)]


