「ブログを毎日書け」と言われて「よし毎日書くぞ!」と思ったら負け
「ブログを毎日書け」的な話を真に受けて、よーし毎日書くぞー、ってのは間違っていると思う。正確には、そのフレーズだけをそのまま額面通り受け取っちゃうのが間違い。
このフレーズは、後発ブロガーの意識を「毎日書かなきゃダメ! 休んだら負け」という部分に集中させて、ブログの本質を見誤らせて挫折させ、やっぱり先輩ブロガーってすごいっすねorz と思わせるという後発潰し戦略なんですよ。嘘ですが。それにしても、キャッチーなフレーズにしようと言葉を圧縮したら「毎日書け」になっちゃったってだけで、実のところ、ブログを書くことの本質は「毎日続けること」にあるわけじゃない。
以前にもちょっと書いたけど、
あらゆる表現ごと――例えば写真なんかは、一言でいえば「数をこなせば上達する」ものだと言えるけども、それも、写真の上手下手を分けるのは何か、といった最低限の知識や、評価や改善のできる環境があってこそのこと。それを忘れて、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる方式で数だけこなしても、永遠にまぐれ当たりと大量のスカを生み続けるだけになってしまう。
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ブログに関しても似たようなもんで、何のためにブログを書くのか、という目標意識とか、より良いブログを書くための評価・改善システムを持っていないと、ただ「毎日書く習慣がつきました」というだけになってしまう。
私は、ブログを書くことの第一の意義は「外化」と「メタ認知」であると考えているので、それに基づいて以下を続ける。別のこと(アフィリエイトとかコミュニケーションとか)を意義と感じ、目標に設定している人には、以下のことは無価値です。
で、つまり、ブログを書くことの第一の意義としては、
(1)自分の思考を文章にして書き出すことで、思考が整理できる
(2)それを読み返すことによって、自分の思考に対し客観的な視点を持てる
(3)そのため脳内だけで考えているよりも思考が進む
以上のことである。なので、そのための行動として、
(1)思考すること。そのために材料をインプットすること
(2)書くこと。後で自分が読み返したときにきちんと読み取れるように書くこと
(3)後で読み返すこと。
(1')読み返してまた考えること。もちろん自分のブログ以外からもインプットして、合わせて考えること
(2')また考えたことを書くこと。
を習慣づけるべきだ。そしてその中で、
(A)読み返しやすいように書く
(B)読み返す価値のあるものが書けるように考える
(C)読み返す価値のあるものを考えられるよう、良質の情報を十分にインプットする
ということを意識し、技術を学んだり情報収集法を試行錯誤したりと努力する、といいと思うな。
このサイクルを速く回すために1日1回ペースにして毎日ブログを書くってのは当然ありだし、毎日のリズムに乗せちゃうのがいろんな意味で効率がいいと思う。けど、第一にやるべきことは「毎日書くこと」じゃない。
物心ついた頃から自然とこういうことができてる天才がいくら「毎日書け」と言っても、凡人は真に受けちゃいけない。「語られないけどやってること」を見極めないといけない。
続きはまたエントリーを改めて。
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