ブログというメディアが負うべき責任について考える
webdogさんからいただきましたご返信を受けて、考えてみます。
まず論点の整理を。
「ブロガーを厚遇しているという意見について」というエントリーの論旨は、
- ブログにはメディア化したブログとそうでないブログがある
- メディア化したブログはそうでないブログ主には分からないステージにいる。「厚遇」と呼ぶ感覚はおかしい
だと読んだので、ずいぶん威勢のいい言い切りだけど、それをいっちゃあおしめえよと思いました。あと細かいですが、私は「メディア化したブログ側からの反論」というスタンスで書いてはいません、と立ち位置を表明しておきます。
なので、
- ブログを明確に2層に分けても楽しくないべ。企業の製品モニターのようなものに加われる機会は均等である、という形にしておいた方がなにかと良いし、実運用もそうしたほうが得策なのでは
- 力のあるブログは、いわゆる「厚遇」を受けて当たり前、と考えている(そして、それをズバッと表明してしまう)人もいるのだなあ
と、書いたエントリーが「Buzzれないブログは、ただのブログだ?」でした。
ところが、ジェットダイスケさんが持たれていた論点は別のところだったようですね。
つまり以下のようなものだと思うのですが、
ピーター・パーカーの叔父も「大いなる力には大いなる責任が伴う」と言ったとか言わないとか。(言ったよ!)
ブロガーを厚遇しているという意見について - webdog
だから前回も書いたけども「大いなる力には大いなる責任が伴う by ベンおじさん」ということですね。そこはやはり自覚しないといけないと思うのです。
有名ブログとは無自覚のメディアか? - webdog
直に執筆料をもらうとさすがにアレですが、このままメディアとしての振る舞いを求められることが増えていけば、どういう経路にしろお金が巡ってくるようにしないと続かないでしょ。今現在は「どうにかしていきましょう」という段ですよね。
で、そのへんが諸々の兼ね合いでセンシティブすぎて誰も触れないというか、ぬかりなく上手くやらねばいけないのがブログマーケティングの今後の課題なわけで。
- 一定の大きさに成長したブログは、それだけ大きな責任を負う
- 大きなメディアになったブログは、一定の責任を負い、同時に一定の収入を得られるシステムを手に入れるべきだ。その両者が具体的にどういうものか、というのが今後の課題である
- それだけの責任を負い、誰かに利益を与え自身も利益を得るために活動しているブロガーは、もう立派なメディア事業者。そういうブロガーがモノを貰うことを単純に「厚遇」と呼ぶ感覚はおかしい
ということでしょうか。
言葉の定義をしっかり共有しないと面倒な議論になりそうなので細かい話を先に書いておきますが、私は全てのブログはどんなに小さくても「メディア」であると捉えているので(ナノメディアという言葉があるように)、「ブログがメディア化」という表現にはどうも抵抗を感じてしまいます。「マスメディア化」というのもなんか飛躍した感じなので、「マジックミドル」という用語に照らして「ミドルメディア化」という言い方がしっくりくるでしょうか。
それから「責任」というのも一口で言ってしまうには難しい。
ブロガーの誰もが知っておくべきラインとしての、表現者としての責任というのがあります。「法律を侵さない」という法的責任がひとつあり、また、むやみに読者を惑わさない、煽らないとか、間違いをしたらただちに直すとか、そういったあたりは道義的責任とまとめて、このあたりをブロガーの責任(1)としておきます。
私の認識では、あと2レベルの責任が発生しえます。(2)は、固定読者を掴みメディアとして大きくなっていく中で意識するべき「ファンへの責任」。きちんと更新するとか、ファンの興味の方向性を把握して、受ける記事を投入するとか。場合によっては「コメントに応える」とか、説明責任のようなものもあるかもしれません。
広告を入れたりして商業ベースでの運用を意識するようになると、(3)のクライアントへの責任が生じるでしょう。PVを保証した契約ならそれだけPVを稼がないといけないし、クリック数、エントリー数の類を責任とらないといけない契約もありうる。いろいろですね。
私は(1)~(3)すべて自覚しているつもりですが、(2)、(3)については可能な限り背負い込みたくない(もちろん完全無視はできない。もしPVが10倍になっちゃったら書き方も少しは変わるかもしれない。でも、自分から責任を増やすような行為はしたくない)、それによって金が入らないなら、それはそれでOK、という考えでいます。「メディアとしての振る舞い」とは具体的にどういうことなのかよく分からないので、これがうまい返信になっているかイマイチ自信がないのですが。
で、そのへんが諸々の兼ね合いでセンシティブすぎて誰も触れないというか、ぬかりなく上手くやらねばいけないのがブログマーケティングの今後の課題なわけで。
このへんは意味がよく分からないので(諸々って何? とか)、そうですね、とも、そうじゃなくね? とも言えない感じですね。
放送業界の方の話に関しては細かいニュアンスが分かりませんが、もし、そのまま「だって個人ブログなんだし気分次第で好きに書けばいいじゃん」という印象を与える発言をされたのだとしたら、それは迂闊でしたね、との感想を持ちます。当然上記のような責任については自覚され、それを実践されている上での「好きに書けばいいじゃん」だったと思いますが、そういうニュアンスを伝えきれなかったのだとしたら、ちと言葉が軽すぎたのではないでしょうか?
『それだけPVや登録者があったら、おまえの胸三寸で動かすことじゃなくなってるんじゃないの?』というのはおおむね正論だと思うんですが、一方でブログの利点はまさにそのへん、運営者のスピーディーな判断ですぐに動けるという点にあります。「胸三寸で~」と言われてしまうのは、そのあたりをだいぶネガティブに取られてしまったのではないでしょうか。ちょっと残念に思います。
- 2007.07.14
- [ネット社会]

小林祐一郎
