「初心者向けのクラシック100曲リスト」が持つおトク感の罠と、リストのナイスな使い方  

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虚構組曲 - 初心者のためのクラシック音楽100選

1年ぐらい前にも似たようなのがあったな、と思ったが、これか→「音大生なら聴いておきたい100曲」。クラシック100曲のオムニバスCDが売れまくっていることといい、こういう現象はなんだか面白いので、ちょっと考察してみたい。

「100曲」という魅力的な響きが持つ罠

100曲のリストが手に入る、もしくは100曲入りのCDが安く買える、ということのお得感のすごいこと! なんでこんなに「100」という言葉は魅力的なんでしょう。クラシックのオムニバスには手を出したことがないけど、フォークソングのバカ高いオムニバスCDボックスを買ったことのある俺が来ましたよ……。

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初心者がいきなり100曲って、私にはとても聴きこなせない。特にクラシックの場合は1曲がやたらと長いこともあり、仮に1曲あたり10分だとしても(これは相当に短めな見積もり)1,000分=16.7時間。しかも、有名なラヴェルの「ボレロ」なんかは曲のスタートが超ピアニシモで、ノイズだらけの通勤電車でちょいと聴いてみようか、なんて聴き方は適さない。

その上、100曲CDに入っている曲のほとんどはさわりだけだし……それは100曲CDの商売のしかたの問題か。

何なんだろうか、こういう「なんか始めるぞ!→とりあえず数をこなそう!」という発想って。「英語のお勉強→まずは基礎英文法100を丸暗記」みたいなところから、お勉強の基本メソッドとして染みついているんだろうか。仕事でやるならともかく趣味として何かを始めるのなら、とりあえず「まず数をこなす」的思考は捨てた方が、のんびりながらも長く楽しめることが多いと思う。

知り方を知るって大事だと思った

あらゆる表現ごと――例えば写真なんかは、一言でいえば「数をこなせば上達する」ものだと言えるけども、それも、写真の上手下手を分けるのは何か、といった最低限の知識や、評価や改善のできる環境があってこそのこと。それを忘れて、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる方式で数だけこなしても、永遠にまぐれ当たりと大量のスカを生み続けるだけになってしまう。

クラシックやフォークを聴く、ということにしても、例えばそれらの音楽が生まれた背景とか、主要なプレイヤーの人生についてとか、そういった知識があった方が音楽をより楽しめると思う。神田川がどこを流れていて、この歌が流行った頃はどんな時代で……ということを知らずにかぐや姫の「神田川」を聴いても、たいして面白くないわけで。携帯で連絡取って一緒に出ればいーじゃんみたいな話になっても困るし。

こと「音楽を聴く」ということに関して言えば、上達も何もないと思うので好きに聴けばいい、と基本的には思うけども、それにしても「本当に自分が『好き』なやりかたは何か」というのを、知らない人が意外に多いんじゃないかなあと思った。自分も含め。私は別にフォークというジャンル全体が好きなわけじゃなかったので、かぐや姫関連のアルバムだけ買っとけば良かったと思った。

この時代に100のリストを作る、という行為に意味を持たせるためにも、明確に主観を打ち出すべきだ

だからこういう「クラシック100曲リスト」的なものは無価値だ、という結論にしたいわけではない。「あらゆる初心者はこれを聴くべき」みたいな勘違いさえさせなければ、意義のあるものだと思う。

「初心者(何をもって初心者なのか定義は曖昧だが)」なる存在が成長して何者かになるための道が無限に考えられるジャンルで、誰もが完全に納得できる普遍性のある100リスト、というのはありえない。リストの前に選者のパーソナリティや選択基準を示し、こういう基準によるセレクトである、と明記すべきだ。

個人であれ「○○評議会」のような団体であれ、「誰が選んだソレなのか」という点を抜いてしまっては、そのリストを相対化して評価できなくなってしまう。そういう意味で、音楽の先生が作った「音大生なら~」リストは、音大生じゃない私には無縁なものだ、ということが一目で分かる。「初心者のための~」も、一定のポリシーが示されてはいる。

で、選者やリストに不満のある人は、対抗して自分なりの100リストを作ればいい(そもそも100じゃなくてもいいしリスト以外の何かの提案でもいい)わけだし、初心者である人は、選者のキャラクターやポリシーを見て、自分が取り入れるに値するものかどうかを判断すればいい。誰がどのような基準で選んだか、を明確にすることで、皆がよりハッピーになれるリストとなるだろう。「マンガ100冊リスト」や「ゲーム100本リスト」も同様に。

今後、もしたくさんの人が「100曲リスト」を発表したら、それを集計する人がどこからともなく現われて、より普遍性の高いリストが生まれるんじゃないだろうか。それこそが「みんなの選曲は案外まとも」こと、クラシック100曲リスト2.0。

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