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何の前提もなく「サバイバルって当たり前だろ」と言われたら、まあちょっと待てと言わずにはおれない件  

My Life Between Silicon Valley and Japan - サバイバルという言葉が嫌いなら使わないで話そうか

ブックマークのコメント欄で、「goo 辞書によると【(1)異常な事態の下で、生き延びること。また、そのための技術。/(2)超心理学の用語(以下略】」と、「サバイバル」という言葉の定義について書いてくれた人がいるけど、いまは本当に「異常な事態」なんだと思うよ。

それは私なわけですが。ちと説明を。

梅田さんのブログも著書もいくらか読んできているし、今の世界をどう捉え、「サバイバル」をどういう文脈でお使いなのかも理解している、つもり。辞書通りの意味とは少し違う使われ方をしていて、現状への危機感を持たせるために刺激的な言葉を選んだ「梅田語」とでも呼ぶべきものだと理解している。

平野啓一郎さんの「巧みに生きるか、善く生きるか」を巡って

このエントリーが、梅田語としての「サバイバル」の意味を理解しやすいと思う。

「My Life Between Silicon Valley and Japan」はRSSリーダーで読んでいるのだけど、いきなり「サバイバルって当たり前のことなんじゃないの」というタイトルが出てきたのには驚いた。

サバイバルって当たり前のことなんじゃないの

何の前提もなく「サバイバルって当たり前のことなんじゃないの」ときたら、さすがに違和感が大きい。梅田語としての「サバイバル」を理解しない人への苛立ちめいたものが感じられたけど、そういう人に対してこういった書き方では、また理解を得られないだろうなあと思った。

なにせ、普通の人が認識している辞書通りの「サバイバル(カタカナ日本語)」は上記のようなものだし、いまの日常がサバイバルの舞台だなんて、梅田語を解さない人は思ってないだろうし、そういう人たちへ向けたメッセージとしては空振りなんじゃないかなあと。

ブログというのはエントリー単位で読まれ、前後の文脈を解さない人が多い、というのはよく言われる。そういった中で、会話のキーワードに対する解釈・定義が違うために会話に齟齬が生じる、という事態をよく目にする。これは単純なことの割に当事者間には意外と気づきにくく、それだけに根深い断絶を起こしてしまうことが多いと思っているので、釈迦に説法ながら書かせていただいた次第。実際のところは梅田さんが目にされることを想定したコメントというよりも、自分の感じた違和感を確認してメモしておいた、という意味合いが強いのだけども。

いま読み返して気づいたんだけど、ひとつ前のエントリーのコメントから話が繋がっての、このエントリーだったのかな。そこまではチェックしていませんでした。そうするとまた文脈も違うし、私の意図以上に余計なお世話なものになってしまうなこれは。申し訳ありません。

個人的には「サバイバルという言葉が嫌いなら使わないで話そうか」というエントリーはとてもハラに落ちやすかったし、ここまで噛み砕いて書いてやろうと気持ちになっていただけたのは良かった。

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