「ブログを書くと本当に良いことがあるか?」を認知科学から考える
経験則としてはよく語られる「ブログを書くこと良いことがある」を認知科学、特に学習科学・協調学習という見地から検証してみよう、という試み。もっとも、認知科学に関しては私も少しかじった程度の知識ですので、至らない点についてはご容赦を。
本日の参考書:
研究社 (2004/11)
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書くこと→理解過程の外化→メタ認知
まず、自分の考えを他者に説明するために文章を書いたり、図を作ったりすることは、理解の過程を外化する。これによってメタ認知(自分はどういう認知をしているのか、という認知)が促進される。
※フューチャリスト茂木健一郎氏のお話→メタ認知が、一番前頭葉を使う
要は自分の考えを客観視しやすくなる。これは「夜中のテンションで書いたポエムを一晩経ってから読み直すとアレだよね現象」として広く知られている通り。
学習とは協調的なもの→コミュニケーションの中で学習が進む
学習科学の研究者の間では、学習とは個人的な活動ではなく、人々が相互に影響を与え合って、互いの達成度を高める協調的なものである、という認識になっているらしい。
協調的な学習は、具体的にはどう行なわれるのか。上記の書籍で「学習科学」について担当されている三宅なほみ氏によると、協調学習の場面で自然に発生する役割分担が、解の収斂(各個の視点からの情報をまとめて、メタな理解に至る作業)を起こす、と考えている、とのこと。
協調学習が行なわれる場面では大抵、作業や発表をするAを、もうひとりのBがモニターしている形になる。このとき、Bは相手の行為、思考や理解の過程を、よりメタなレベルで再解釈しやすくなる。途中で互いの立場が入れ替わり、Bの作業をAが見るようになると、Bはそれまでのメタな理解を元に行動し、Aはさらに上の抽象的理解ができるようになる。こうして、協調的な学習は進む。
このあたり、実例でいえばNDOメソッドが挙げられるでしょう。
協調学習がすすむ環境≒「群衆の叡智」の成立条件
こうした協調的な学習を促進する作用を「建設的な相互作用」と上記書籍では呼んでおり、そのためには、以下の条件が満たされていると良い、としている。
- ひとりひとりが考えていることを外化しやすい
- 課題遂行とモニターの役割分担が起きやすく、入れ替わりやすい
- ひとつの課題に抽象度の異なるたくさんの解や考えが出やすい
- たくさんの解をまとめ上げるきっかけや仕組みがある
だいたいWisdom of Crowdsの成立条件とも重なる。というか「1番目の外化しやすい装置=Web(ここではブログ)」と考えれば、後は同じ趣旨だと言えるだろう。
詳細は不明だが、オヤジ的観念としてはアナログに「手で書く」ことがベストでありコンピュータを使うのは手抜き、というイメージを持ってしまいがちなので、だいぶ意外な感じ。局所的な作業(字や図を書く)に手間を取られず、常に全体を見渡しながら作業できるから、といったあたりが良い作用をもたらしているのだろうか。
まとめ:一定の条件が揃った状態でブログを書くことは、やっぱり役に立つ
ブログを「書く」ことで、2段階の効果が得られる、と考えられる。
- 書くことによる思考の外化・メタ認知の促進によって、自分ひとりの中で効率よく学習(=いろんな理解、思考)を進めることが可能になる
- 同じテーマについて共に考える仲間を得ることができれば、協調学習効果によって、さらに効率よく学習が可能になる
そして、協調的に行なう学習の場として、「書きやすい」、「(いろんな意見が)つながりやすい」、「整理しやすい」といった特徴を持つブログ(とCMS)は、格好の場だと考えてよさそうだ。
当然ながら、これは「ブログを書くこと良いことがある」の一面だけを切り取った話。 他にも、コミュニケーション面(知己が広がるとか)、メディアやデモンストレーションとしての面での「良いこと」もあるが、このあたりは改めて書くまでもないと思うので省略。
- 2007.05.17
- [コミュニケーションの話(ソーシャルメディア、社会の話)]
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