むかし、ボクは先生に「参考書や問題集はいっぱい買ってもしょうがない、1冊を何度も何度もボロボロになるまで繰り返し嫁」と教わった
確かに、ひとつの本を何度も何度も読むことによって新しい発見があったり、違う角度から読むことを繰り返すことによって強固になる何かがあると感じる。うまく掴めてないけど、 反復学習による効果×複数視点から読む効果+愛着 みたいなもの。
だけど最近、ひとつのものを何度も繰り返し読み、考え、味わうことを体験する機会が最近減っているなあ、ということにライトな危機感を覚えたり覚えなかったりしている。
それをやらなくなった理由は、自分の中では2つある。ひとつは、次々と似たようなものだけど新しいけどやっぱり似たようなものが登場し、テレビで宣伝され、書店に平積みされ、Amazonでオススメされると、つい買ってしまうという現象。一応小金もあるし。
もうひとつは、CGMがどうのこうので似たような言説がうじゃうじゃ登場したのを超高効率で集めてナナメ読み出来てしまうソリューションが発達しすぎて、多読(?)こそ美徳であり勝ち組の条件みたいな認識をしがちな点(間違った認識とは思わないが)。キャッチーに言えば、Web2.0と資本主義に毒されているわけだ。
そんなことを、ふと逃避ではてブを眺めたときとか、子どもに新しい絵本を買ってやろうと思って、ふと、あれ、似たような絵本買ったよなあ最近しまいっぱなしだけど、とか思ったときに考える。特に、子どもの言語獲得には反復学習が効果的らしいし、意識して同じ本を繰り返し読むことが大事なのかなと思う一方で、ついまた新しい絵本を買ってしまうこともありがちなわけです。
翻ってブログはといえば、繰り返し読んで味わうほどではないようなモノをバンバン書き散らせる/読み散らかせることに意味があるメディアなので、まあ、そこはそれ、あれはあれで。
- 2007.03.12
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小林祐一郎