それが「フラット」というものさ
この記事に2つの点で興味を持った。Diggは使ってないので、細かなところは分からないんですが。
ソーシャル・ニュース・サイトのDiggでは,90万人の登録者を抱えているのにもかかわらず,掲載される記事やビデオクリップなどの3分の1は,わずか30人の登録者による投稿であるという(WSJ.comより)。Publishing2.0でも,以下のようなグラフ(Diggトップユーザー vs 掲載記事数)を示し,掲載されている記事の多くが特定のユーザーによる投稿であることを示している。
(1)当然、一部のユーザーが牛耳るでしょう。「フラット化する」というのはおそらく、そうなることの前段階でしかない
(2)にしても、「90万人の登録者を抱えているのにもかかわらず,掲載される記事やビデオクリップなどの3分の1は,わずか30人の登録者による投稿であるという
」というのは、えらい極端だなーと思わせるインパクトのある数字だ
(1)に関しては、「フラット化(ここでは「あらゆる情報の発信・受信に対する時間的・金銭的的・距離的な障壁が限りなくゼロに近づく」と定義しておく)」なる状態になった世界で、ノードたちがスケールフリーネットワークを構成するのは自然な成り行きであって、影響力をグラフ化すれば、べき乗則に則ったもの(テールに注目すればロングテール)になる。今さら心配とかそういう問題じゃないべ、という感想。
つまり「フラット」とは何らかの組織・生態系が生まれる前の段階に過ぎず、恒久的な「フラット」を作ろうという発想は自然の摂理に反する、理想論に過ぎないと考えたほうがいいだろう。
(2)に関してはシステム作りの難しさ、というと抽象的だけどまあそういう話。
フラット化というのは、自由化だとも言い換えられる。「自由」には、強者の権利をある程度抑制した中で弱者を不当な義務から解放する自由(~しなくていい自由)と、強者が強さに任せてどんどんん勝っていく権利を認める自由(~できる自由)があるけど(それを2つの対立みたいに捉えるのも単純すぎるけど)、上手にシステムを作って両方のバランスを取らないといけないなと。
強者に力を持たせすぎても上記エントリで心配されているようなことが起こるおそれがあって良くないが、抑制しすぎても良くない。強者はたいていどこでも勝てるんだからもっと自由なところに行っちゃうかもしれないし、一種シンボル的な存在として、そういった人の存在はやっぱり必要でもある。
じゃあどうするか、というと、多様性を尊重し、育むようにすればいい。おそらく、限定的な部門でテッペンに君臨しても、他の部門には他のチャンピオンがいますよ、みたいな世界にするのがうまいやり方なんだと思う。
何しろリアルに使っていないので細かなところは分からないんだけど、Diggってトップにポピュラーな記事のランキングしかないから、わりあい一極集中が起こりやすいんじゃないかしら? 大カテゴリごとのポピュラーをトップに出すようにするとか、ちょっとした工夫でもっと多様な切り口が見え、多くの力のあるユーザーが見えてくるように思う。はてなブックマークのように、ニッチが注目している「注目エントリー」も出してみるとか。逆に、Digg全体のランキングなんかを見せることは、多様性を押し潰すことになるだろう。
もうひとつ、Diggでトップユーザーになることによって得られるメリットが大きすぎて(月1,000ドルで引き抜かれるらしいし)、一部が頑張りすぎている、ということもあるんだろうと想像する。こうなったら、ユーザーにだけWinさせるのでなく、それがDiggのWinにもなる方法を考えるべきなんだろう。例えばDigg内でトップユーザーだけのメディアを持たせるとか、そんな感じで。
- 2007.02.28
- [Web2.0(ウェブ2.0)]











