ちくま新書「ウェブ恋愛」を読んだ
「ウェブ進化論」にぴったり並べて平積みするという書店の心意気を買ってと、著者の渋井哲也氏はこのあたりの分野で長年活動されているというプロフィールから、じゃあ何か新しい知見が得られるだろう、という期待をもって、この本を買った。
著者の渋井氏は「ネット恋愛」ブログを始めたりもしてらっしゃるが、「ウェブ恋愛」という言葉は、とってもちくま書房のマーケティング戦略臭がする。
読んだ感想としては、どうにも残念な内容だなあと思った。
著者はネット恋愛に関して多数の取材活動をされているらしいが、それでなんでこんな浅いレポートなんだろう、何か深い意図があって、それを私が読み取れていないのだろうかと悩んだ方がいいのかも、とすら思う。取材した数々のネット恋愛の経過が淡々と記録されているが、ほとんどは表層の事象の記録に留まり、当事者たちの心の奥まった部分が見えてこない。
個々の「恋愛」という物語に対して、描写が少なすぎるのではないだろうか。記録が淡々としすぎているので、共感も反発も、何の感情も起こりようがない。ふーんと読み流してしまうだけだ。
そして著者の考察的なものもほとんどない。取材相手と「恋愛に関して語り合った」という記述があって、語り合った結果として生まれたであろう知見らしきものが何も開示されないのは、気味悪くさえある。
そういうものを意図していない、基本は事例集であり資料集である、ということなんだろうか。そういえば「電車男」から「59番目のプロポーズ」、そして本田透に至るまで、ネット×恋愛に関連しそうなトピックがひととおり紹介されている。それにしても「紹介されている」以上のものではなかったが。
もうひとつ残念な点がある。こちらの方が深刻だ。
渋井氏は「生きづらさ」を抱えた人たちを中心にフィールドワークをされているそうだが、本書をざっと読んだ印象が「ネット恋愛とは『生きづらさ』を抱えて心を病んだり、その寸前にあるような人たちがやるもの」という感じになってしまうのはマズいんではないだろうか。
なにせ事例のほとんどが、そういう人たちである。表2側カバー裏の煽りにある「新ツールがもたらした新時代の恋愛観の本質に迫るルポルタージュ」を標榜するには、取材対象が偏りすぎている。「恋愛弱者はネットでこうやって恋愛してるんだぜー、あなたの知らない世界お見せします!」といった趣と感じた。
つまり、期待して買った割には何も新しい発見がなかったので、大層がっかりしている。上記ネット恋愛ブログは、時間ができたら読んでみるつもり。
せっかくなので、本書でも大きなテーマのひとつとして提示されている「なんで顔を見たこともない相手と、文字のやりとりだけで恋愛できるのか」について私見を語っておくか。
あくまで私見だが、恋という感情は「エピソード」をトリガとして湧出するんだと思う。あの時にあんなことをしてくれたとか、あの場面でこんなこと言ったとか、場合によっては(現実では何もないにもかかわらず)妄想内で起こったあんなことやこんなこととかがエピソードとなる。
恋とはささいなエピソードを発端に発症する、妄想(架空のエピソードの創造)が止まらなくなる一種の病気であり、だから映画の登場人物とかゲームのキャラクタとか、ネットの向こうの人物に恋をすることがあるのも、しごく当然なんである。リアルに人間を見ないと恋が起こらないというのは錯覚であり、そんなことを言う奴にはハハハ君もまだ恋の経験が足りないねとか言っとけばいいのである。
そして「なぜ文字のやりとりだけで恋愛に至る信頼関係を築けるのか」という疑問に関しては、二者間のプロトコルの問題ですとでも言うしかない。ネットでのコミュニケーションにある程度慣れてくれば、返信の間の取り方とか漢字の使い方とか顔文字のセンスとか改行のクセとか返信の返し方とか言葉の選び方とかいったポイントから、相手のいろんなことを読み取れるし、自分と合う合わないが見えてくるもんである。文字から数多くの情報が読み取れるようになるというのは、目の見えない人が、見える人には認識できない微細な情報(例えば「障害物知覚」というものが研究されているらしい。参照1 参照2 参照3)を視覚情報のかわりに得て日常生活を営んでいるのと似たようなものだと思う。視覚障害者のこういうことを否定したり、気味悪がったりする人はいまい。
本書ではこのへん、出会いとコミュニケーションの深化、信頼とリアル交際と犯罪とネット自殺と、といった諸々をごった煮にしている感があり、結局のところ著者の考えとか伝えたいことがどのへんにあるのかうまく読み取れなかった。うーん、読み方が悪いのかもしれない。
- 2007.01.31
- [読書・書評]
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