「客観的視点」を効率よく調達する手段としての「集合知」の利用
客観的視点(第三者、場合によっては第二者的な視点)というリソースには、けっこう高い値段つく。
例えばスポーツでは「審判」がひとつの職業として成立している。審判はその競技に関して専門的な知識や技術を持ち、なおかつ競技者の誰とも利害関係を持たない、第三者的な存在であることがアイデンティティである。ほかの業界では、裁判官、企業の監査役のような存在もプロの第三者といえる。
また少々立ち居地が異なるが、文筆業者にとっての編集者という存在も、(それが仕事の全てではないが)客観的視点の提供者として必要な存在だ。
素人の「客観的視点」にも、意外と高い値段が付く(「素人の」だからこそ、なわけだが)。企業は、しばしばモニターとしてそれなりの報酬を用意して、第三者からのコメントを求めている。一般消費者がマーケティング目的のグループインタビューに参加すれば、2時間程度の拘束で数千円と、かなり高額な謝礼がもらえる。スキップキッズなんかが人気になるわけだ。
以下、「集合知」を「客観的視点」というリソースだと考え、それを安価かつ効率よく調達できるソリューションとして、Webを考えてみよう。
まず、「客観的視点」を3タイプに分類する。
(1)調停役、審査役(第三者)
当事者とは利害関係を持たず、その上である目的を共有(競技の成立、事件の解決、等々)できる者の視点。強制力を持って調停できる立場にいるか(審判や裁判官のような存在)、いないか(陪審員個人や、一般投票者のひとりみたいなの)の2種に細分できるだろう。
(2)顧客(第二者、仮想的第二者)
いわゆるモニター。多数の顧客に対して発表する前に少数に見てもらい、意見を貰う。企画段階で参考にするためヒアリングをする等。ついでに発表後のユーザーレビューのようなものもここに含めておく。
(3)批評者、協力者(三人寄れば文殊の知恵的な、第一者としての共同者)
当事者の仕事をそれぞれの立場から批評し、さまざまな形で支援してくれる、編集者のような存在。
(1)の意義/ネット上での集合知利用事例/システムのキモ
細分できるうちの前者・専門的な調停役という存在に関しては、そもそもインターネットの集合知とはちょっとコンセプトが違う。それなりの能力・資格を持った人材はそうそう在野で転がってはいない。ただ、酔狂な専門家と知り合う機会を得る装置としてのインターネット、というのはある。
精神科の先生の相談室みたいなのに気軽にアクセスできる、というのもインターネットならではの特徴だといえ、言ってみれば「逆集合知」みたいなものか。専門家が広く何かを求めているところに、参加しやすくなっている。
審判や裁判官は複数でひとつの仕事に当たるのが普通だが、これは強固な客観性を保障するためのシステムであろう。(1)の中の(3)という話になるので、ひとまず置く。
後者(個人では強制力を持たない、ワンオブゼムとしての第三者視点)は、例えば視聴者の投票によって勝敗を決める番組のようなシステム。こういったシステムを持っている地デジ放送に完全移行したら、NTTのテレゴングは要らなくなるんだろう(余談だけど)。陪審員制度はリアルでやっているので維持費が大変らしいが、仮にネットで可能になったら、当然ながら安価かつ参加しやすいシステムになりそうだ。
(2)の意義/ネット上での集合知利用事例/システムのキモ
「集合知を利用」と聞いて最初に浮かぶのがこれだろう。ネット上でのモニターサイトとしては「サンプル百貨店」なんかが有名。「価格.com」のようなレビューサイトもここに分類しておこう。
ネットでモニターの類を集れば多数の分母の中から希望のクラスターを取り出しやすい、レビューも量を集められるのが便利。リアルで会いたい(グループインタビューとか)の対象を取り出すにしても、そこに住所でもう1フィルターかけるだけでいいので便利。またモニターたちの個人情報データベースというのはいわば「コアデータ」であるわけで、とってもWeb2.0的だ。
(3)の意義/ネット上での集合知利用事例/システムのキモ
「群集の叡智」への期待というのは、ここに分類されるものだと思う。直接助けてくれる支援者、盲点を突いてくれる批評者、異なる立場からの見解を提示してくれる調停者など、一時的には(1)や(2)に分類できる存在も、多くは本人が何らかのプロセスを経て消化することによって、この(3)の中に入ってくる。
梅田氏が仰る群衆の叡智云々ということも、インターネット上にわき起こる諸々の言説、玉石混淆の情報をいかに集め、選別し、取り込み、消化して(3)的なものに持って行くか、ということではないかと想像している。
単純にここに分類できるサービスとしては、まずQ&Aサイトがあるだろう。また、掲示板やチャット、ブログ、SNS等の中で行われたコミュニケーションの多くも、上記の解釈を通せばここにまとめて放り込んでしまうことができる。
ここの具体的なシステム設計については、まだまだ掘り下げる余地が多い。
・まず、人の認知・学習の仕組みを知る
何よりも先に、人はどのように他者を利用して学ぶか、ということを知る必要があるだろう。協調認知とか協調学習とか言われる分野。
とりあえずの参考として読んでいるのがこちら。
三宅なほみ研究室 協調的認知活動の研究について
・他者のツッコミを受けることで何が分からないかが分かる
・他者に説明することで良いテクニックを身につけやすい
などが書かれている。
また、R25のいとうせいこうインタビューにあった、
連載があるから書くのではなく、書くことで、植物たちの様子を知る。
「書かないと観察できないんです。たとえば“緑”って書きたいとき。人に伝えるために、どんな緑なのかを考え始めるでしょ。
というのも興味深かった。
・ツールそのものの使いやすさ
掲示板、スケジューラ、メッセンジャー(リアルタイム性重視)、アラート機能(携帯対応とか諸々)、アーカイブの検索機能、関連づけ機能、などなど。自然な欲求にきちんと対応し、複雑すぎないもの。基本的な道具の使い心地は重要。
・コミュニティ構築装置の設計
完全オープンなのか、SNSのコンセプトのように厳しく制限するべきか。
匿名ベースか、顕名ベースか。
似た属性の人を集めさせるか、ごちゃごちゃにするか。どんな属性を軸に違いの関係を構築させるか、等々
・的確な情報伝達をシステム的に補助できるか
内容のサマライズ、アイコン等による端的な表現(感情とか、自信度とか)、コメント内容の(☆による)評価、コメント者の評価システムのようなものによって、発言の第三者視点からの評価や発言の背景にあるものが分かり、コメント内容の読解を助けられるだろう。
などなど。
続きはまた後で考える。
- 2007.01.17
- [Web2.0(ウェブ2.0)]
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