儀礼的無関心2.0(仮称)
先のエントリー「はてなブックマークで盛り上がる問題の湯加減と、割れ窓理論 」についているはてなブックマークのコメントがこちら。わざわざ、
個人的には、断片的な感想として「つまんなかった」とか書かれるのがいちばん嫌だと思う。
と誘っているのに「つまんなかった」というコメントが1件もないとは。東京ブロガーなんちゃらに行かない代わりにクネクネしたかったのに……。
そんなつまらない話はさておき、
はてブで盛り上がる問題は参入障壁が低い(ARTIFACT@ハテナ系)
「儀礼的無関心」という言葉は書かないでおいて、誰かが話を転がす過程で繋げてくれればと思ったんだけど、あっさり繋がれてしまった(笑)。いろいろこねまわして書こうと思ったんだけど、要約すると儀礼的無関心のひとことで片付いてしまうのでやめていた。
ただ、加野瀬さんたちが議論していた頃とは違う条件が生まれているように思うのと、「それって儀礼的無関心だよね」で片付けるに至るまでの思考こそが大事だと思うので、ちょっと材料を投げてみたい。それからURL直しました。ご指摘ありがとうございます。
●はてブのイノベーション(というべきか?)は、サイトにコミットするための障壁を壊したところにもある
はてなブックマークは「フォークソノミー」という新しい考えを具現化したものだ、と過去にnaoyaさんは説明している(ここ)。が、もうひとつ、新しいことをやらかしている。
ブログにもブログ以前のサイトにも、各サイトにはコミットするための心理的/システム的な参入障壁がある。例えばコメント欄が開放されているブログなら、作者の管理するコメント欄に行くことでコミットできる、メールアドレスしか連絡手段が公開されていないサイトでは、メールを送ることによってコミットできる、等々。必ずしもサイト管理者が自覚的に設けたものではないが、一定以下の小さな悪意はこの障壁によってブロックされ、サイトの作者には届かないようになっていた。
このコミットのための障壁を、「ブログ」というスタイル(あるサイトにリンクし、そこに短文のコメントをつける、いわゆるフィルタ型ブログ)の普及がいちど破壊した。これがこの頃のことに当たると考えている。そして、はてなブックマークのようなツールの登場によって、この障壁がもう1段階壊されようとしている。サイト作者に直接文句を言う度胸のないチキンもお手軽に、作者に正面から向き合って文句を言うのが面倒な奴も片手間で、適当なコメントを届けられる。
加野瀬さんの「コメント」タグについて言及したのは、この障壁の考えからのものでした。障壁を越えてコメントする度胸はないけどはてブコメントでは絶好調な人、相手のコメント欄に書いたら荒らし認定されて消されると自覚しているほどの電波発言をはてブコメントしている人もいるべ? みたいな。
サイトの作者にすれば、「これくらいの反響があるだろう」という、過去の経験に基づくなんとなくの予想を覆されることになる。時には大きな心理的重圧になるだろう。2chは怖いから見ないでおこう、と思っていても、はてなブックマークの存在は知らない人だっているはずだ。
※一応補足しておくと、フィルタ型ブログと「はてなブックマーク」だけが破壊したわけではない。例えば2chでの「晒し(良くも悪くも)」などもあるし、ゆるやかに進んでいたWeb1.0→Web2.0への変化の中で、この2者が特に大きな動きを起こした、ということ。
ただし私は、はてなブックマークのこういうシステム、障壁を壊していることを、非難するのではない。これが時代の流れであり、WebがさらにWebらしく成長していく過程での出来事であり、情報共有&誰もが加工できるWeb2.0世界になっただけのことで、はてな1社が何かしたからといって、どうなるものでもない。はてなが非難されるべき点は「コミュニティの管理をしていないこと」だ。
また、上記では障壁の破壊が悪いことばかりであるかのように書いたが、「内気なファンが思いを伝えやすくなる」というような現象もまた起こり得るし、比率はどうなるか分からないが悪いことばかりでもないだろう。
●ネットで見かけたことへのかかわり方を考え直す
先に書いた「いい湯加減の問題」とは、どこにでもある問題のことなのだと思う。「無断リンク禁止とか言ってる初心者がいます」、「モテない奴が世を儚んでます」のほかにも、例えば「子どもがピーマンを食べません」、「アパートの隣の部屋がうるさいです」、「オレの嫌いな同僚がオレの好きだった女子と付き合っています」とか。
この手の問題には、自分の手が届く範囲(大まかな目安として、現実世界で関わり合う範囲)でだけ関わり、他のものは見ない、というのがスマートな対応だと思う。それをわざわざブログ検索で引っ掛けて収拾してみたり、はてブで集めてみたりするのは、ヒマ人かマニアか使命感に燃えた啓蒙者か、のどれかなのだろう。
今の無断リンク関係の話をしている人の多くは、「ピーマンは栄養あるんだから食えよ」とか「ピーマン食わない奴はバカ」といったレベルの、解決に繋がらない正論や、腹立ち紛れの文句ばかり並べているように見える。この手の問題はいっけん簡単に見えるが、その実は個々のケースで事情が異なり、解決を図るのはけっこう難しいのではないか。
ピーマンの例でいえば、味が嫌いなのか触感が嫌いなのか匂いがダメなのか、調理法を変えることで解決できるのか心理的な働きかけが有効なのか時間が解決するのを待つしかないのか、同じ問題でも子どもひとりひとりの理由や解決法は違うはずだ。そこに通り一遍の正論をただ押し付けても、何の価値もないだろう。
何かしらの善意を持って相手に働きかけたいのなら、まず味方であることをアピールしつつ話を聴く、というような態度が必要だろう。単にからかったりバカにしたいだけで関わるのはやめるべきだし、そういう関わりに「はてなブックマーク」が利用されるたという事実があれば、それは管理者であるはてなが何か対応すべきではないか。というか、そのうち訴えらるんじゃないか?
- 2005.11.20
- [思考の断片・考察]











