• Heartlogic
  • トラックバックとNintendogsの「すれ違い通信」が持つ共通点

トラックバックとNintendogsの「すれ違い通信」が持つ共通点  

先日から過去に経験したことのない謎の症状に襲われ、咳は出るは腹は痛いわでブログどころではなく、こんな精神状態ならブログの終焉をお題に一席ぶてるなあと思った。「○○は終わった」とか書きたくなったときは、黙っておくのが一番だと思う。が、好きでブログやってるような人が、そこで黙っていられるわけがないか。

閑話休題。さいきん妻が熱中しているニンテンドーDSの「Nintendogs」と、ブログの奇妙な共通点について妄想している。

Nintendogsとは、ニンテンドーDSの中でワンコを愛でるゲーム。テレビCMでの動きはけっこうポリゴン臭いが、実際にゲーム画面で見ると、かなりリアルで良い。

このゲームの目玉に「すれ違い通信」というものがある。通信待ち状態に設定したDSを持って出かけ、ほかのNintendogsオーナーと偶然すれ違うと、そこで自動的に互いのDSが通信し、見ず知らずの他人のワンコと遊ぶことができる。相手からプレゼントをもらい、撫でくり回したりすることができ、いい物を貰ったと喜んだり、木片なんていらねーよ! とちょいキレしたりできるらしい。

この「すれ違い通信」にあたって、オーナー同士のコミュニケーションは一切発生しない。バッグの中に忍ばせたニンテンドーDSが勝手に通信し、後でDSを開いたときに、どこかで通信した、と知るだけだ。

通信のプロセスという点から見ると、
「こんにちは」
「こんにちは」
「おや、あなたもNintendogsをお持ちですね」
「ええそうなんですよ」
「通信しませんか?」
「いいですよ」
といった人間間での通信プロセスを省略している。

この「すれ違い通信」のドライさと、ブログのトラックバックの雰囲気が非常に似ていると感じた。どちらも人対人のコミュニケーションを必要とせず、淡々と機械どうしが通信し、コトを済ませてしまう。

トラックバックの場合はこんな感じだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
「おや、あなたのブログにはこんな記事がありますね」
「ええありますよ」
「私はこんな記事を書きました。そちらからリンクしてくれませんか?」
「いいですよ」
こういったプロセスが省略されている。

こういった、一種の「コミュニケーション」でありながら人対人のコミュニケーションを一切必要としない通信プロトコルが、現代人のメンタリティに合ったコミュニケーションシステムとして設計されている、と妄想してみると面白い気がする。無理やりに話を広げていったら、Googleの思想の話にまで絡んでいけるのではないだろうか。

しかしテンションが上がらないので、とりあえずやめておく。


同種のゲームとして、PSPにも移植されている「どこでもいっしょ」が思い浮かぶ。こちらも「名刺交換」という通信機能がある(PSP版はよく知らないが、PS版での話)が、名刺交換をする際には、まずオーナー同士が挨拶して、ちょいと仲良くなるプロセスが必要であり、「どこでもいっしょ」は明確に人対人コミュニケーションを媒介するツールだった。対して「Nintendogs」は人対人のコミュニケーションを媒介しない。

「どこでもいっしょ」では名刺交換オフが開催されたけれども、「Nintendogs」のすれ違いオフは開かれないのだろうか。なにやらmixiでは繁華街や巨大ビルに集まって皆ですれ違おうぜーというイベントは開催される(された?)そうだが、その後でみんなでごはんを食べに行ったりはしたのだろうか。

ドライなコミュニケーションツールを搭載したモノが今後も増えていくようなら、ちょっと興味深いと思った。

  • タグ:
  • 次の記事 »
  • Clip to Evernote
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • « 前の記事
  • 2005.06.13