誰でも編集できる自動翻訳と百科事典
沖電気、ユーザーコミュニティによる辞書で精度向上を目指す翻訳サイト(INTERNET Watch)
訳してねっとには、いわゆるネタのカテゴリごとに「コミュニティー」があり、それぞれのカテゴリーに詳しい人が独自に英和/和英翻訳のための辞書を育てていける、というもの(らしい)。
機械翻訳システムで精度を上げるには分野に応じた辞書の増強や管理が必要となるが、これまで行なわれてきた翻訳サービス会社や個人による管理では限界があったという。これに対して訳してねっとは、分野単位で作成・管理する辞書データをその分野に精通したユーザーが行なう仕組みとなっている。
このような背景があるようです。
関連して、以前にはこんな話題が
ネットで信頼に足る百科事典は作れるか(梅田望夫・英語で読むITトレンド)
WikiPeriaというインターネット上の誰もが編集できる百科事典について、「Wikipediaは果たして信頼に足る情報ソースか。そんなテーマをめぐって、ここ1-2カ月、ネット上で真剣な論争が続いているようだ」とのこと。
事典なら、確かに「それが信頼できる(=絶対に正しい)」ものでなければ、怖くて使えない、というのが普通の心理です。しかしWikiPediaは誰もが編集でき、また、誰か編集責任者がいる、というわけではありません(ボランティアのレビュアーがチェックをしているそうですが)。そういう意味では、百科事典とは似て非なるものといえます。
しかしWikiPediaの目標は「フリーな百科事典を作り上げる」ことであり、そのために、情報の信頼性を何らかの形で保証することが検討されているようです。
1つの試みとしては、eBayのようなコミュニティ参加者(書き込み者)の相互レーティングがある。
これは下記でいうところの「そこそこ」の範囲内で完成度を上げる作用があったとしても、「完璧」のための方法ではありえないでしょう。
ただ、「そこそこ」を目指すのと「完璧」を目指すのは、方法論が違ってくる。果たして「インターネット的」なやり方で、「そこそこ」ではなく「完璧」が目指し得るのか。
「完璧」を目指してWikiPediaが考えているらしいのが、次のような方法。
彼(Wikipedia創設者のJimmy Wales)は、Wikipediaを「a trusted reviewer」によってレビューさせてフリーズすることで、「a 'stable' version」(安定したバージョン)を用意することを考えているわけだ。「リアルタイムに進化させつつ、それ自身が完璧を期す」のは無理なので、ソフトウェアと同じように、一定周期で「安定したバージョン」を出しつつ、Wikipedia進化プロセスはそのままにしておき、再び機が熟したときに次のバージョンを出すということを繰り返していくのだろうと、Walesのこのコメントは示唆している。
これと同様の「信頼に足るものであるためには?」という問題は、「訳してねっと」にも起こるでしょう。「訳してねっと」は「あまり人手をかけずに『そこそこのレベル』の訳を提供する」ことを目的としているようで、そこには現時点における自動翻訳という技術の未完成さと、完成しているものであるはずの百科事典、という違いがあるのかもしれません。そのまま使える完璧な自動翻訳など誰も期待していないでしょうが、裏を取らないと使えない百科事典なんて、普通の人には薦められませんからね。
■というような話から浮かんだ感想1:
オンラインで誰もが編集できる事典の内容が信頼に足るのか、という問いはおそらく2つの意味にとれます。常にそれが正しい、と絶対的に信頼できるか、という意味と、おそらくは間違っている部分もあるが、自分にはそれを見極めて使いこなす自身があるか、という意味です。「訳してねっと」や「WikiPedia」が提供する情報の信頼性は、後者であり、おそらく前者たり得ないでしょう。どちらを目指しているかは別問題として。
「訳してねっと」や「WikiPedia」のような、情報が分散した中から生まれ、自律的に成長し、協調して新しい形になっていく、というシステムは、まさに村井純教授の提唱する「次世代インターネット」そのものであり、今後のインターネットの有効な使い方の王道的なものだと感じます。
そして、次世代インターネットとは「そこそこのクオリティが低コストで運営・利用できるソリューション」ということなのかなと思いました。「そこそこ」より上の、きちんと検証された信頼度の高い情報は、本など有料のメディアががんばるべきであり、がんばれるフィールドなんじゃないかなと。
■感想2:
確か今年のはじめだかに伊集院光と糸井重里がラジオで対談をしていて、「ラジオのリスナーやインターネットの人たちは、僕たちの投げかけたくだらない質問に対して、きちんと調べたりして、本当に一生懸命返事を書いてくれる。ありがたいねー」みたいなことを言ってました。
それは別に「性善説」ではなく、他者にとって自分が有用であることをアピールすることで生存競争に勝ち残ろうとする技術、といっただけのものかもしれないけれど、それが人間の――少なくともコミュニティに積極的に関わろうとする人の本質なのかなあ、と思いました。
- 2004.09.30


