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ブログは論者を無駄な言い合いから救う(その1)  

かつてのネットコミュニティの主役であった掲示板には、「数=力」という関係が存在していました。

例えば正論を言う人が1人、それに対して反論する人が10人だとすると、多人数側の勢いに負けて正論がかき消されてしまい(物理的にログが流れ、目立たなくなってしまう。ひどいときには消えてしまう)。また「数の暴力」によって、いいことを言っている人が先に疲弊し、姿を消してしまうという悲しい事態があちこちで見られました。

何しろ10人に反論するにはそれだけの時間が必要だし、頭だって使います。実際にはそこまで反論する必要もないのですが、律儀な人はやってしまう。そうすると表現に粗が出やすくなり、そこで揚げ足取りのようなことをされたり、そうなったらそれを訂正して回る羽目になり、だんだん話が本筋から離れていき……、と散々です。

ブログはこの点、自分の主張すべき場で一度きちんと発言すれば(ブログに記事を発表すれば)流れてしまうことはなく、周囲のノイズにすべて反応する必要もなく、後はどちらが正しいかは読者の判断にまかせる、という姿勢をとりやすくなっています。読者としても、両方を読み比べやすいし、トラックバックというシステムの非常にいいところで、1の意見に対して10の反論があったら、1の方が目立つようになっています。

そのため数との戦いをする機会が減る、無駄な言い合いをする必要がなくなり、より建設的なことに時間を使える、というのがブログの優れた点だと考えています。

ちょうど、こんな話がありました。
Weblogのコメント欄は誰のもの?
誤解を招きそうなタイトルですが、ブログのコメント欄は公共性を重視して、反対意見や自分の気に入らない意見なども尊重すべきか、それとも独裁者としてコメント欄に君臨し、気に入らないコメントはがんがん削除してもいいのか? という問題が発端の記事です(ちなみに「誰のもの」かといえば、当然ながら管理者のものです)。

最初に結論を書くと、コメントやTrackBackというのは公共の場所ではなく、あくまでサイト管理者が管理する場所であり、管理人がポリシーを表明して、その基準に沿って削除などの管理は行われるのは問題ないと考えます。

まったくもってその通り。というよりも、そうとしかなり得ません。これは第一に管理者の人間性の問題で、耳の痛いコメントにも謙虚に耳を傾けられるか、ムキになって反論してしまうか、面倒になって削除するか、といった対処法は各人ができるようにしかできないでしょう。

また、十分に対応するための時間や労力がかけられない場合もあります。有名人のブログでコメント機能が使われていないのは、ネガティブなコメントや参加者間の摩擦を防ぐため、ということもありますが、もっと本質的な理由は、本人が返信できないからでしょう。コメント欄があっても返信がないと、どうしても不誠実な人に見えてしまいますからね。自分のことを棚にあげて言ってますが。


私の考えるブログの優れた点は、コメント欄を重視しすぎると消えてしまいます。

一方的に語りたいだけの人、自分の考えはきちんとまとめて記事にするからコミュニケーション手段はトラックバックのみでOKだと考える人、世の中バカばかりだと思っている人、木村剛にあこがれる人などは、前向きにコメント不使用を宣言し、コメントの返信を考える時間を、新しい記事を書くために使った方がいいのではないでしょうか。

私がそうなるのは、アクセス数が今の10倍ぐらいになってから、という感じですが。

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  • 2004.08.19